06.待ち伏せドッキリ
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帝国と同じく歴史の深い国、シルベリア王国。何故か四季が無く、冬で統一された冷たい大地が特徴的な国だ。
そんな大国に船が到着したのは午後5時。日が暮れかけ、若干薄暗くなりつつある時間帯だ。それに輪を掛けて、とにかく寒い。薄着しているとそのまま凍えてしまいかねない寒さがある。
「――何だか、全然船から人が降りていかないな」
不意に船から港へはしごが掛かるのを待っていたリカルデが呟いた。陸が見えているにも関わらず、他の乗客が降りていく様子も見られない。トラブルだろうか。
首を傾げたジャックは船室のドアを開けた。
「何だか騒がしいな」
瞬間、不自然に船が揺れる。風や波のせいではなく、物理的な力が加えられたかのようにだ。同時に上がる悲鳴。
ふ、とイアンがこの場にそぐわない穏やかな笑みを漏らした。
「何か起きているようですね」
「嬉しそうにするなって、ホント。おい、誰か俺と様子でも見に行ってみるか?」
「調査は不要のようですよ、ブルーノさん」
笑みを一層深くしたイアンが窓から外を指さす。
いつの間にか掛けられたはしご。そこから見慣れた制服を纏った数名の兵士が、この船の船長を連行して行く様が見えた。
「は? い、いやいやいや! 何でここに帝国兵が? シルベリアに着いてるんだよな、俺達は」
「ええ。間違い無くシルベリアの国土に、今我々は居ますね」
不気味な嗤い声を漏らしたイアンはその手にビー玉のような物を弄んでいる。何だろう、酷く既視感を覚える動作だ――
ジャックがその答えに至るより先に、元々開いていた船室のドアから帝国兵が2、3人乗り込んで来た。その手には物騒な事に帝国印の剣が握られている。
「抵抗は止め――」
言葉は最後まで続かなかった。
というのも、イアンが弄んでいたビー玉を親指で弾いて射出したのだ。それは腕力ではなく、純粋な魔法で撃ち出された弾丸のような速度を持ったそれである。
頭を正確に撃ち抜かれた兵士の1人がその場に崩れ落ちた。
仲間が一人、全くもって唐突に死亡したせいだろう。兵士達は何者の船室を襲撃したのか早々に理解したようだった。残った2人の顔が青くなる。
「ヒッ……!? い、イアン顧問魔道士……!!」
「その役職は返上致しました。さあ、私を殺害出来れば貴方達の昇格は間違い無しですよ。もっと嬉しそうな顔をなさって下さい」
対人とは思えないような術式を編み始めたイアンはしかし、その動きを止めた。今まさに生き残り2人を狩ろうとしていた彼女の作業に、ブルーノとリカルデが割って入ったからだ。
素早く棒立ちの兵士を転がし、ブルーノが肩を竦める。
「この狭い船の中で大きな魔法を使うなよ。沈んだらどうするんだ」
「問題ありませんね」
「問題しか無いだろ! 野蛮が過ぎるってもんだ、ったく……」
状況の整理が必要だな、呟きながらジャックは船外に視線を移す。そして驚愕した。
「お、おい。この船、包囲されてるみたいだぞ……!」
「何!? というか、ここはシルベリアなんだが。何故、帝国兵がこんなに」
元々はその兵士の1人であったリカルデもまた困惑の表情で船外を見つめている。船はすっぽりと兵士達に取り囲まれていた。その中に見知った顔は無いが、恐らくバルバラやその他の誰かが、どこかで指揮を執っているに違い無い。
「困りましたね。籠城するにしても、はしごを掛けられているので中へ入って来てしまうでしょうし。一人ずつ相手をして差し上げるのも、正直に言って面倒ですね」
「そう言いながら、貴方は何の術式を編んでいるんだ、イアン殿!」
「召喚術です。……あ、召喚獣の飼育場所を変えたのでした」
珍しく物忘れをしていたらしいイアンは、編んでいた術式を取り消した。代わり、それの倍の速度で別の術式を――
「おや。こちらの方が手間が掛からず良いですね。最初から庭を使用していれば良かった」
「え? 俺達はお前の召喚獣殺戮ショーを見せられなきゃならねぇのか?」
ぼそっとブルーノが呟いた瞬間、綺麗な円を描いた術式は船内から船外――兵士達の足下へと移動した。
俄に兵士達がざわつく。瞬間、喚び出されたキメラが高々と咆吼した。
蜂の巣を突いたかのように兵士達がわらわらと集まり、キメラとの交戦を開始する。とはいえ、彼等はリカルデのような騎士兵ではないよだ。目に見えて分かる程、苦戦しているのが伺える。
「イアン殿、キメラだけであの数を蹴散らせるだろうか?」
「今、追加のレイスを送っています」
「い、いや、そこまでしなくとも……」
「リカルデさん、貴方はどうしたいのですか? なかなかに優柔不断なところありますよね」
対多数用生物兵器――召喚獣が2体に増えた事で、港は阿鼻叫喚と化した。よく無い状況ではあるが、これで兵士達が船へ乗り込んで来る事は無いだろう。いや、船にすし詰め状態である訳だから事態が好転したとは、とても言える状況では無いが。