04.幻想の庭
これは実は凄い事では無いだろうか。
あのイアンが。情熱も何も無いと言った錬金術を、一応は同行者の為に触ると言うのだ。少し前だったら考えられなかったに違い無い。
何故か非常に居たたまれない気分になってきて、半ば強引に話を切る。彼女のらしくなさは若干不気味だ。
「そろそろ昼だな、飯でも食いに行くか」
「何ですか、急に。……というか、食事で思い出しましたが今日はまだあの子達に餌をやっていません」
「あの子達?」
「召喚獣です」
「そういえば飼育してたな。どこで飼っているんだ? 帝国の飼育施設は差し押さえられてそうだが」
ローブをごそごそと漁ったイアンはその手に手の平より少しだけ大きな正方形のキューブを持っていた。見た所、開く面は無い。ただの四角い物体だ。しかし、半透明なそれの中には箱庭じみた精巧な庭が収められているのが見て取れる。
その庭には小さな小さな生物のようなものも居て、ちょこちょこと移動していた。小さな子供が好きそうな凝った庭だ。
「メイヴィスの遺物、『幻想の庭』です。生き物ですからね。あのまま帝国の施設を利用していては、殺処分されかねませんし。移してみました」
問いに答えながらイアンが地下室の扉に閂を掛ける。施錠したのだ。その怪しげな行動にジャックは目を眇めた。
「お、おい。まさかここで餌やりする訳じゃないだろうな」
「しませんよ。ここ、地下ですよ? 背の高い召喚獣を喚び出せば、最悪この地下施設が崩れます」
「お、おおう……」
驚く程の正論だ。思わず反論の術を失う。
それを彼女はどう捉えたのだろうか。少なくとも、コミュニケーション能力が死滅しているイアンが、正しく相手の感情を読み取れるとは露にも思えない。案の定、ジャックの心配とは明後日のベクトル、そんな話題を提供してきた。
「来ますか、一緒に」
手を取る為ではなく、マジック・アイテムを見せるように伸ばされた手。真意を測りかね、首を傾げながら提案者の双眸を覗き込んだ。
「……いや、どこに行くって?」
「庭に、です。待っているのも退屈でしょう?」
「じゃあ、行くかな」
何だか知らないが折角のお誘いだ。断るのも悪い気がして、安易に頷いた。
瞬間、イアンの手の平に乗っていた小さな庭を中心に術式が勢いよく広がる。流石の生成速度で、蜘蛛の巣状に広がった術式。白い光が目を焼き、耐えられずに目蓋を閉じた。
***
青青とした草原の匂いが鼻孔を擽る。雑草1本生えない石畳の街である帝国出身なので、何故か土の匂いや温い風が新鮮なものに感じられた。
清々しい、活力に溢れた大地。
どこまでも広がる空。
――しかし、そんな清々しく晴れ晴れとした気分は思いの外近くから聞こえてきた、獰猛な呻り声によって中断させられた。
禍々しい呻り声に顔を上げる。
目と鼻の先。生臭い吐息が掛かる程間近に、あらゆる生物をつなぎ合わせた合成獣の姿があった。
「うおっ!?」
「急に動かないで下さい。私が持って来た生き餌と勘違いされてしまいますよ。堂々としていれば良いのです」
「しれっとするよな、無茶振りを!」
今まで何をしていたのか。ふらっと現れたイアンは低い呻り声を上げるキメラをどうどう、とあやしつける。飼われているはずのキメラが、彼女に怯えているように見えるのは恐らく気のせいではないだろう。
しかも、色々あり過ぎて聞き逃したが『持って来た生き餌』って何なんだ。不穏過ぎる。
なおもキメラと目は合っていたが、イアンがいるからか召喚獣はそれ以上のアクションを起こすつもりは無いらしい。まさに蛇に睨まれた蛙状態。その緊張感をほぐす為、ジャックは飼育員へと話し掛けた。
「こんな立派な庭を持ってるのに、何であんたは帝国の飼育施設を借りてたんだよ。こっちの方が便利そうだけどな」
「事情は色々ありますが、このアイテムの性質をあまり信用していませんでした。キメラもレイスも、一応は生き物ですからね。ある日急にこのアイテムが使用出来なくなった時、餓死してしまうかと思いまして」
「本当、人間以外には優しいな。イアン」
「まさか。私は他人にも優しいではありませんか。それに、このアイテム、私が帝国に拾われる前から持っている物なのですよね」
ビニール手袋を装備したイアンが巨大な肉の塊を3体に増えたキメラへと放る。いったい、どれだけの数を飼っているのだろうか。
そんな彼女は浮かない顔をしていた。
「……前から持ってたから何だよ」
「いえ、メイヴィスの遺物なんですよ。この庭。言うまでもなく、彼女が遺したアイテムは高額です。そんな物を、何故私が所持していたのか。理由が定かではないので不気味でしたから。使わないにこした事は無いかと」
「誰かに貰ったんじゃないのか? まあ、高価な物だって言うなら……身内とか?」
「メイヴィスの遺物は程度にもよりますが、本物であれば貴方のキョウダイが300体は作成出来ますよ。そのくらいの金銭価値があります」
「そ、そうなのか……」
確かにそんな高額なアイテム、持っていれば多少は警戒するかもしれない。