第6話

03.唯一の成功例


 部屋へ入った瞬間、明かりがパッとついた。それもそのはず、地下と言うだけあって部屋には当然窓も無く光源と呼べる光源はない。作り出した光球を握りつぶしたイアンがゆっくりと周囲を見回した。
 が、見回すまでもなく彼女が興味を惹く『それ』は目の前にあったのだが。

 1つは明かりではないものの、淡い光を放つ大きな水晶玉。煌々と揺れる青白い光を内に秘めている。
 もう1つは部屋の中心奥、かなり大きなサイズの術式。床に直接配置されているが、驚くべき事に起動しているらしい。光り輝いており、使おうと思えば今すぐにでも使えそうだ。

「これは……」
「奥の術式は帝都へ繋がる移動術式ですね。チェスター殿はここから現れたのでしょう。やはり、魔道国と帝国はすでに繋がっているのかもしれません」
「シルベリア独り相撲だな」
「そうなりますが、まあ、我々には関係の無い事です」

 イアンが水晶玉を覗き込む。彼女の興味は専らこちらにあるようだった。

「それは何だ?」
「館を夜たらしめる、マジック・アイテムの核です。素晴らしい出来ですね」
「いやよく分からん。それ、どうする気だ? 持って帰るのか」
「馬鹿な、こんな嵩張る物、どうやって持ち運ぶと言うのですか」
「そのローブに収納出来ないのか?」
「いえ、逆にこれが欲しいのですか?」

 不毛なやり取りが一旦終了する。場を仕切り直すように、魔道士はそれを指さす。何か長々しい説明を始める気配を察知。

「良いですか。私は範囲結界の大元を観察しに来た訳ではありません。この大規模術式を動かす為の、魔力増幅器の方に興味があったのです」
「うん? それはつまり、どういう事だ?」
「この大掛かりな仕掛けを動かす為のエネルギーを生み出す器官の方がメインって事ですよ」

 そういえばそうだ。昼夜関係無く稼働しているこのアイテムに使う為の魔力は、どこから来ているのだろうか。

「いや、あんた前に国民から魔力を集めてるって言ってなかったか?」
「限度と言うものがあります。ここだけに魔力を割いて、国の運営が滞ってはいけませんからね。つまり、魔力を賄う為の『何か』があるはずです」
「それを探してるのか? 別に、あんたにこれ以上の魔力は必要ないと思うぞ。俺の体感的に、って話だが」

 水晶玉に触れ、入念に台座などをチェックし始めたイアンが作業しながらジャックの問いに答える。

「私には必要ありません。そこで、先程の部屋へ入る前の話に戻るのですが」
「ああ、何か言ってたな」
「唯一成功例のホムンクルス――あなたについて考えてみましたが、恐らくあなたが成功例となったのは魔力を生産する性能が何故か備わっているからだと考えています。私もゲストとして研究所へ行ったことがありますから間違い無いでしょう」
「ああ、その時に俺のキョウダイ達に会ったのか?」
「あなたのキョウダイとやらは溶けてドロドロになる失敗作の事ですか? まあ、会った訳ですよ。所長さんにも言ったのですが、彼等は軒並み魔力回路を有していませんでした」
「そうか……。成る程な」

 人体がどういう風に出来ているのかは分からないが、形だけ真似して作っても無意味だったのかもしれない。
 上の空になりつつある思考。しかし、イアンの一言がジャックを現実へと引き戻した。

「シルフィア村から一度撤退してしまいましたから、あなたのメンテナンスとやらは終わっていませんね? 現状、あなたの体内は魔力で満たされていますが回路がいきなり壊れるとも分かりません」
「えっ……。い、いや確かに。そういう事もあり得るのか……?」
「まあ、私は科学者ではありませんからね。魔力回路を作り出す事は不可能です。が、ここに使われている魔力増幅の技術を理解出来れば、あなたの持つ魔力がゼロにならない限りは水増ししてあげる事が出来るのではないでしょうか?」
「あんた天才だな」
「ええ、よく言われます」

 がちゃがちゃとなおもアイテムを調べていたイアンは不意に動きを止めると、例のローブから紙とペンを取り出した。

「何か分かったのか?」
「……いえ、久しぶりに錬金術に触る事もありうるな、と。メモを」
「錬金術? 出来るのかよ、あんたに」
「設計法が分かっていれば。私には錬金術に対する情熱はありませんので、新しい製法を生み出す事は無いでしょう。ですが、先人が遺したものを触るのであればどうとでもなります」