第6話

02.真夜中の館、リターン


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 メイヴィスの遺物『真夜中の館』は相も変わらず鬱屈とした夜の風景を演出していたが、その管理人を名乗る男性はいなくなっていた。推測でしかないが、チェスターを「大事な客」と言っていた事だし、グルだったのだろう。
 しかし、それはいい。予想でしかないが理論だった結論に至ってはいるのだから。

「なあ、イアン」
「はい」
「……いや、やっぱりいい。何でも無い」
「はあ?」

 ――何故、彼女は自分をここに連れて来たのだろうか。
 意味の無い行動は取らない、ある種の合理的な考え方に準じる彼女が意味も無く自分をここへ連れて来る事は無いはずだ。であれば、理由が必ずあるはず。しかし、記憶が正しければ彼女は一言だって事情や理由を説明していない。
 それを口に出して聞くのは簡単だがイアンの中で当然の事として成立している事象を訊ねるのは気が引けた。「そんな事も分からないのか」、という顔を隠しもしないのはよく分かっている。

「あまりこちらを見ないで頂けますか。何か訊きたい事があるのでしたら、早めに訊いた方が良いですよ」
「えっ、あ、いや……例のタガーの件なんだが」

 咄嗟に嘘を吐いたが、イアンは得心したように頷いた。

「ああ、そういえばあなたのタガーは夜の吸血鬼を傷付ける事が出来たのでしたね。最終的にはブルーノさんに頼ったので忘れていました」
「そ、そうだろ? 今の所、あのタガーで傷付けられた相手はチェスターとあんただけだな、イアン」

 そう。当初、斬れないタガーであったあの得物は何故か吸血鬼とイアンを攻撃する事が出来た。2人の共通点は何だろうか。性別はおろか、種族すら違う。年代も違うし、もしかしたら国籍も違うかもしれない。
 そこまで考えてあの2人には顔見知り以外の共通点が一つも無い事に気付いた。しかし、当のイアンは違ったらしい。

「魔力容量の大きい者を攻撃出来る、という可能性もありますね。次はブルーノさんで試してみましょうか。魔法が不得手とはいえ、彼も《旧き者》の端くれ。魔力の容量は人間のそれを遥かに凌駕しているはずです」
「なるほどな。確かにそう言われてみればそんな気もする。だが、ブルーノ相手に試すとかいう、人道外れた発言は止めろ。仲間だから」
「冗談ですよ」
「てっきり、俺は伝承種族に効果的なアイテムだと思ったんだが、よく考えたらあんたもあのタガーで怪我をしたんだったな」

 イアンが不意に足を止めた。失言だったかと変な汗を流しながら、ジャックもまた足を止める。気まずい沈黙が両者の間に満ちたが、再びイアンが歩みを開始した。

「――そうですね。明確には、否定出来ないのかもしれませんね。あなたの意見」
「いやいやいや。あんたは人間だろ」
「忘れたのですか。私は記憶障害者です。出自を明確に記憶していない以上、『人間ではない』可能性を排除する事は出来ませんよ」
「あ、そうか。そうだったな。まあ、気にする事無いだろ。何であれ、そのねじ曲がった思考回路はあんただけの物じゃないのか?」
「成る程。あなたが言うと説得力がありますね。まあ、別に種族などという些末な問題はあまり気にしてはいませんけれど。下らないでしょ、そんなもの」

 かなり重要な問題に思えるのだが、張本人は本当に全くそれについて興味が無いようだった。意思力が強いと言えば聞こえは良いが、関心が無いと言ってしまえばどことなくだらしない印象も受ける。

 階段を下り、地下へ。この地下への階段を探すのに苦労したが、管理人の部屋を調べてみればあっさり鍵が見つかった。

「明かりがありませんね」
「どうする? 一度、ランプか何かを取りに戻るか?」
「まさか。何の為の魔法だと思っているのですか」

 片手をよく分からない、機敏な動きで動かしたイアンの手の平に小さな光球が出現した。下手なランプよりずっと明るい光に目を細める。

「便利だな。俺も魔法を習得してみようか」
「部屋へ着いたら説明しますけど、あなた、魔法類は一切使わない方が良いかもしれませんよ。私の予想が正しいのなら」
「え、何だよその意味深な発言は」
「ですから。地下へ着いたら説明すると言っているでしょう」

 イアンについて薄暗い階段を下りていく。まさに隠し部屋と言った体で、1階の客を迎える雰囲気からは掛け離れた無骨さを感じる空間だ。
 と、ようやく木製のドアへ行き着いた。勝手に拝借してきた鍵で、イアンがドアを開ける。