第6話

01.船の時刻表


「ともあれ、魔道国も安全ではないという事でしょうね。次はどこへ行きましょうか?」

 そんなイアンの一声により、ジャック達は再び港へ来ていた。船の時刻表を見ながら、リカルデが肩を竦める。

「シルベリア王国へ行くべきだろうな。陸続きだから、魔道国からでも行けるはずだ」
「船は出てねぇのかよ」

 歩きたくない、と素直この上無い言葉を漏らしたブルーノだがリカルデその人はあまり良い顔をしていない。

「大陸からは出られない船上で、またマズイものに出会したくないな」
「いやいやいや、ルイス様とまた船に乗り合わせる事はねぇだろ。あの人も多分、暇じゃないだろうし」
「いや、そういう事では無く――何に出会ったにせよ、船の上では禄に逃げる事も出来ない。出来れば徒歩が良いんじゃないか?」

 何かお困りですか、と声が差し込まれた。しかし、その声はリカルデを通り過ぎ何事かを考え込んでいるイアンへと向けられている。声がした方に顔を向けてみれば、細かい宝石の装飾が施された見るからに高そうなローブと杖を持った魔道士らしき人物が3名程立っていた。
 一瞬だけ訝しげな顔をしたイアンだったが、瞬きの刹那には人の良さそうな笑みを浮かべる。そのあまりのにこやかさに、ジャックは数歩後退った。正直に言って恐ろしい光景を見た気分である。

「いえ、大した事では無いのです。お気になさらず」
「いえいえいえ! わたくし共も丁度港に用事がありましてね。時刻表、見づらいでしょう? どこへ向かわれるのですかな? お教えしますよ」
「……具体的にはどこ、と決めていないのですが――そうですね、シルベリアにでも行こうかと思っていまして」
「そうでしたか!! いや、王国は良い場所ですよ。ええ、良い場所ですとも! 急ぎで向かわれるのですか? ならば、正午の船などがお勧めですよ」

 どうやら善意で声を掛けて来た魔道士の集団らしい。イアンにのみ親切な態度を貫く彼等は甲斐甲斐しく「イアンにのみ」、船の時刻表の解説を始めた。

「正午の船が早すぎると言うのでしたら、2時も良いですよ。この時刻表、実は1時間ずつズレていてですね――」

 5分後、時間たっぷり掛けて時刻表の説明を終えた魔道士達は港の奥深くへと消えて行った。終始、外行きの笑みを貼り着けていたイアンの顔から笑顔の成分がすうっと抜ける。

「12時か2時の船が良さそうですね」
「イアン殿、本当に船で行くのか? 船の上では何かあっても対処出来ないと思うが」
「問題ありません。いざとなれば、泳ぐのが得意な召喚獣もいます。船の上で何か起きるとは考え辛いですし、ね」
「あなたがそう言うのだったら、私もそれで構わないが……まあ、どうにかなるか」
「リカルデ、あんた最近少しだけ雑になったよな」

 私もそう思う、と騎士兵は肩を竦めた。
 ところで、とジャックはイアンに訊ねる。

「シルベリアっていうのはどんな所だ?」
「おや? あなた、行ったことが無いのですか? 帝国時代にでも」
「いや、正直分からん」

 シルベリアつったら、とブルーノが笑う。

「スッゲェ寒いな。永久凍土、っていうずっと雪が積んでる場所もあるらしいぜ。俺は行ったこと無いが。あとは……そうだな、煮込み料理が旨い」
「シルベリアのビーフシチューはとても美味しいですよ」
「そうそう。温かい食べ物が旨いんだよ、ホント。やっぱ基本寒い国だからなのか?」

 ――食べ物に関してはかなり期待が持てそうだ。
 と、そこまで考えてジャックは失笑した。何て事だろう、逃亡生活を送っているというのに最近ではその意識が薄れてきている。完全に観光気分だった。慣れとは恐ろしいものである。というか、この2人に緊張感が欠けているのかもしれない。

「しかし、14時まで時間がありますね。昼はここで食べるとして、それまで皆さん、適当に時間を潰すという事にしましょうか。私は『真夜中の館』に用事がありますし」
「用事? あんた、あの館にもう一度戻る気か?」
「ええ。範囲結界維持の仕組みを是非この目で見てみたいですし」
「それは良いが、移動が面倒じゃないか?」
「館に術式を残して来ました。向こうへ行くのは一瞬です。あ、リカルデさん」

 実に自然な動作でイアンがリカルデに小さな正方形の紙片を手渡す。そこには綿密な術式が描かれていた。

「用事が終わればあなたの元へ移動します。移動術式なので、持っていて頂けますか?」
「ああ、了解。持っているだけで良いんだな?」
「それで構いません。では、少し行って来ますね」

 リカルデと話していたイアンがもう一枚、先程彼女へ渡したような紙片を取り出す。それを左手の指に挟んだイアンが、もう片方の手でジャックの腕を掴み、そして術式を発動させた。