第5話

14.帝国三人衆


 ***

 バルバラから託されていた任地、シルフィア村から無事に撤退し帝都へ戻って来ていたゲーアハルト・ベルゲマンはぐったりと溜息を吐いた。
 少佐から大佐の自分を含む3名に招集を掛けた。それはまだいい。
 しかし、目の前にはひたすら不機嫌なチェスター・ベーベルシュタムがいるのみだ。バルバラ・ローゼンメラーがいない。

「あー……チェスター殿」
「聞こえている。バラバラの奴なら、シルフィア村に出掛けて行ったぞ」
「いつデスカネ、それは……。お戻りになられる時間とカ、ご存知ではないデスよネ?」
「知らん」

 にべもなく一蹴されてしまった。
 それにしても、とゲーアハルトは失礼にならない程度に同僚の姿を視界へ入れる。自他共に認められる伝承種族、吸血鬼。その純血であるはずの彼は似合わない物を着用していた。
 頬には大きな大きなガーゼ。良く見れば手の平にも包帯が巻かれていて大変痛々しい。魔法に長けた種である吸血鬼が、傷を放っておくはずがないので治癒魔法でも治せない程の大怪我だったのかもしれない。
 訊くべきか、訊かざるべきかを一瞬だけ考え、そして結局は会話の繋ぎにと重々しく口を開く。上からの命令も下りて来ている事だし、重傷ならば彼の処遇は考え無ければならない。

「その怪我はどうされタのデスカ?」
「127号に付けられた。魔法での治癒が困難でな。大した傷でもないので放っている」
「はい? 127号に?」
「マジック・アイテムの類だろう。人間とはいつの世も小癪な道具を生み出すものだ」
「興味深いですネェ。夜になれば回復しますか?」

 日が落ちるれば自動回復するのか、という意を込めて問い掛けたのだが、その問いはまさに地雷そのものだったらしい。苦々しい表情の中に煮えたぎる怒りを内包させた吸血鬼は溜息と共に言葉を吐き出す。

「これは夜に付けられたものだ。恐らくお前達人間の理に則って、何れは回復するだろう」
「メイヴィスの遺物である可能性が高いデスネ。聞いた事がありますヨ。何でしたっけ……」
「おい、勿体振らず情報を共有させろ」
「いえ、勿体振っている訳では無いのデスガ」

 数秒考えて、あ、と手を打つ。

「伝承殺しの短剣、だったような気がしマスネ。まあ、あの方はたくさんの道具を生み出していますシ、違ったかもしれませんが」
「ふん。メイヴィスか、人間であり、短命である事だけが欠点だったな」
「天才とはいつの世も儚い一瞬の人生を生きているのデスヨ。ところで、次の作戦についてなのデスガ。私が指揮を執りマス」
「バルバラを捜していたのはそのせいか」
「いつ、帰って来ますかネエ」
「……シルフィア村にいる事は分かっているのだから、伝令を飛ばした方が早いぞ。恐らくな」

 ***

「ご無沙汰しております。エリーアスさん、ロジーネさん」

 バルバラの侍女――クラーラはそう言って深々と頭を下げた。目の前にいる2人はシルフィア村にある研究施設の室長と副室長である。
 クラーラの背後、続いて転移魔方陣から出て来たバルバラもまた、軽く手を挙げた。

「久しぶりね。先日はいきなりゲーアハルト殿を寄越して悪かったわ。それで、私に用事があると聞いて来たのだけれど」

 疲れ切った声音のバルバラに対し、ロジーネが機嫌良く「そうなんですよっ!」、と頷く。そのまま説明を室長であるエリーアスに引き継いだ。

「2年程前から研究している《旧き者》が持つ専用武器――《ラストリゾート》について、具体的な研究成果が出た事をお伝えしようと思っていたんですよ、バルバラ様」
「そう」
「あまり興味が無さそうですがね、イアン様は討ち取れたんで?」

 地雷の上でタップダンスでも踊るかのような暴挙に、クラーラは息を呑む。案の定、バルバラの双眸が爛々と輝いた。気分の悪くなる事を聞くな、と言わんばかりの表情に、止めに入るべきか悩む。
 しかし、他者の機微をまるで介さないエリーアスは彼女の様子など気に留めた風もなく淡々と話を続けた。

「力量差があって、どうしても討ち取れないってんなら、試運転がてら使って貰って良いですかね? 勿論、サンプルを取りたいので使い心地がどうだとか後で詳細に教えて貰う事になりますけど」
「ちょっと待って。貴方、相変わらずあっちこっちに話が飛び過ぎよ。何を私に使わせたいと?」
「あ? ああ、その辺から飛んでました?」

 飛んでましたよ、とロジーネが呟く。そのままうだつの上がらない説明下手なエリーアスの代わりに何の話なのかを説明してくれた。

「《ラストリゾート》の模造品、ラストリゾート・レプリカが完成したんですよ! これぞアート・ウェポン商会と帝国技術の融合体ですね! しかし、我々はあくまで研究者。造った武器を効率的に試す事が出来ません。そういうものは、武人であるバルバラ様達でなければ、正確な問題点は挙がらないでしょう?」
「それで、私にその試作品を使ってみろ、と?」
「まあ、平たく言えばそうなりますね。どうしますか? 非公式なので、使うなら自己責任って事になりますが」

 ――止めた方が良いんじゃないだろうか。
 クラーラは心中で呟いた。正直、人間では無い伝承種が扱うような武器を人間が使いこなせるとは思えない。後々、重篤なダメージが発生する副作用があるかもしれない。

「……それがあれば、或いは。いいわ、それは私が借りる。勿論、使わない可能性もあるけれど。ゲーアハルト殿からの招集も掛かっている事だし、近々イアンには会う事になるわ」

 薄く笑う主人を前に、不安が募っていく。
 彼女が言う通り、ゲーアハルトの招集はイアンについてだろう。ならば、今度の作戦にも同行して。ラストリゾート・レプリカなどという危険極まりない武器を使わせないようにしよう。
 主人の後ろ、クラーラはグッと拳を握りしめた。