06.館の主人
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館の中はいつだって暗い。夜の静謐さに満ちている、と言えば聞こえは良いが実生活においては不便でしかない『真夜中の館』。その管理を任されているリックマン・ジンジャーは客が出て行ったのを見計らい、地下へと下りて来ていた。
地下に部屋は一つしかなく、階段を下りてすぐにあるドアが1枚あるだけだ。それの鍵を開け、中へ入る。潤沢な魔力の気配が外へ逃げてしまわないように、僅かな隙間から身体を室内へねじ込み、ドアを閉めて鍵まで掛けた。
壁を触り、魔力回路を通して明かりをつける。
一番に目に入ったのは部屋の中心に安置されている大きなガラス球体だ。それは頑強な鋼の篭に守られ、何人も触れられないように保護されている。
球体の中にはまるで夜空のような色をした館の核が蠢いていた。館を夜たらしめる為に必要な、賢者が編み、錬金術の母が形作ったマジック・アイテム。ヴァレンディア魔道国内で生産されている魔力のおよそ7分の1がこの館の維持に使われているのだから驚きだ。
リックマンはそれを横目に素通りし、突貫的に作った別の術式に手を翳す。館の為に供給されている魔力を横流しし、起動し続けているそれは人に見られると少しばかり困った事になってしまう事だろう。
術式の中心にある鏡に人の影が映る。当然、リックマンの姿ではない。
「――旦那様、ご報告がございます」
人影を確認した上で、リックマンは恭しく一礼した。執務に追われているのか、短い「聞いている」という旨の動作を取るその人――チェスター・ベーベルシュタム。上級吸血鬼の一人であり、この館の主人だ。
「イアン・ベネットと127号が館へ訪れました。手筈通り、今夜は宿泊するそうです。如何なされますか?」
話には聞いている、アレグロ帝国の脱走兵達。ホムンクルスはともかく、主人と肩を並べる地位を持っていた化け物の寝首を掻く事など不可能だ。万が一、魔道国に彼女等が訪れた折には、すぐ報告するよう強く言われている。
少しだけ考える素振りを見せた主人は、ややあってこう答えた。
『――夜の奇襲は読まれている可能性が高い。明日の朝、日が昇ってから戻る。普通に持て成して構わんぞ、貴様はあくまで自然に振る舞え。イアン・ベネットは疑わしきを即処分する血も涙も無い人間だ』
「承知致しました。ならば、朝食を用意せねばなりませんね」
『任せる』
「地下の鍵はどう致しましょうか?」
『開けておいていい。誰かに見咎められたならば、殺してしまって構わんよ』
「はい、畏まりました」
それを皮切りに、主人が鏡から消える。どうやら執務に戻ったようだった。
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「日が傾いて来たな」
ぽつりとジャックはそう呟いた。赤い夕日が海へと落ちて行く様がよく見える。
夕食は早めに摂ったので、あとは宿泊先である真夜中の館へ戻るだけだ。というか、すでに帰路に着いているとも言える。数分もすれば、あの館が見えて来る事だろう。
「イアン殿。結局、例のマジック・アイテムはどういう事だったんだ?」
リカルデの唐突な問いにイアンが淡々と答える。あの後、アイテムショップにも行ったが、彼女の望むようなアイテムは無かったようで、特に何も購入しなかった。
「代償魔法の一種……との事でした。削りだした水晶を代償に、致命傷を一度だけ完全に癒す魔法だったようですね。事実、ドミニク大尉と対峙した時にも似たような事が起こりましたから、それで間違いは無いでしょう。理屈さえ分かってしまえば、私にも同じ物が作れそうですね」
「成る程。それはいいな、私にも一つ作って頂けないだろうか? 勿論、材料費は出す」
「私は錬金釜を持たないので今は無理ですね。アトリエは持っているのですが……帝国内部に造りましたし、差し押さえられているかもしれません」
「錬金釜……? 錬金術なのか?」
「はい、錬金術です。代償魔法を伴うマジック・アイテムの精製は、今や基礎中の基礎。材料さえあれば私にも作成は可能でしょう。時間が掛かるので、好ましくありませんが」
残念だな、とリカルデは言葉通り心底残念そうな顔をした。
「最近、怪我人が出るようになってきたから、保険を掛けておきたかったが……。そう上手くはいかないな」
「道具に頼るのは危険ですよ、リカルデさん。物言わぬ無機物に命を預けるなど、正気の沙汰ではありません。分を越えた道具など、持たない方がマシというものでしょう」
「貴方がそこまで言うのならば、まあ、きっとそうなんだろうな」
納得したように頷いてはいるが、彼女はやはりマジック・アイテムに多少なりとも未練があるようだった。