第5話

01.ヴァレンディア魔道国


 シー・ドミニオンから船で3時間、そこがヴァレンディア魔道国である。案外長かった船旅を終えたジャックは首の筋肉を揉みほぐしながら、見えて来た光景に足を止める。

「おお、帝国とは全く違う感じなんだな」
「何を言っているのですか。ここ、魔道国ですよ」
「分かってるよ……!」

 あまりにも語彙力が低かったせいか、違う意味に捉えられたらしくイアンから怪訝そうな目を向けられる。何を言っているんだコイツは、と言わんばかりの。

 もう一度、見えている光景に視線を移す。
 行き交う人々は皆一様にローブ姿だ。程度の差こそあれど、見て分かる魔道職という体の格好。ずらりと並ぶマジック・アイテムの店。窓から中を覗くと、大きな釜が見える。錬金術師、という存在に関しては知識でしか知らなかったが、恐らくあの大きな釜は錬金釜だ。

 しかし、何故だろうか。酷い違和感を覚える。それは行き交うローブ姿達のせいではなく、もっとこう、根本的な違和感だ。

「……あっ」

 それにはすぐに思い至った。皆が皆、魔道士ではなく時折リカルデのような軽甲冑姿が通り過ぎて行っている。
 そんな、非魔道職への態度だ。
 店員はつんとした態度で接し、ついでに甲冑のその人は道の端へ追いやられ、とてもではないが観光客に対する態度とは思えない。

「へぇ、これがヴァレンディアねえ。故郷でも色んな意味で有名だったが、まさか本当だったとはな」

 その事実に最初から気付いていたらしいブルーノは皮肉げな笑みを口の端に浮かべている。一方で、明らかな騎士であるリカルデは顔を引き攣らせていた。

「これは、私が寛げる国では無さそうだ」
「御心配には及びませんよ、リカルデさん。しかし、嫌な思いをしたくないのであれば、私の傍は離れない方がいいかもしれませんね。見ての通り、魔道士には好待遇の国です。私の連れ、という認識ならば店の者も穏和な対応をしてくれる事でしょう」
「貴方の傍に、何日滞在するのかも分からないのにずっといろと?」
「嫌ならば結構ですよ。魔道ローブを貸しても構いませんが、その腰の得物は仕舞った方が良いでしょうね。嘘を貫く覚悟があるのなら」

 リカルデは酷く渋い顔をしている。得物を外すのと、イアンの傍にべったり侍るの、どちらがマシなのかを思案している顔だ。

「失礼を承知で念を押させて貰うが、まさか私をどこかに放置して消えたりはしないという事でいいのだろうか、イアン殿」
「貴方が私に着いて来ていれば問題ありませんね。邪険にはしませんよ、この状況ですし」

 勝手に着いてきたいならそうしろ、それを限り無く丁寧に言ったイアンは薄い笑みを浮かべている。
 しかし、ジャックもまた人事では無いので顔を曇らせた。
 ちらとブルーノを一瞥しても同様だ。彼は魔法こそ使用する時もあるが、基本は前衛。パワーファイター型である。その露骨な筋肉が、魔道職である事を全面否定していた。

「ま、答えは一つだな。自由行動は取らない方が良いって事だろ。あんな塩対応されるくらいなら、イアンの物騒な言葉を聞いてた方が幾らかマシだわ」
「それでいいのか、ブルーノ。あんたの基準は時々よく分からないな」
「それなりに付き合いの長い人間に罵倒される方が、まだマシってこった」

 今回は皆固まって行動する、という事で話題に終止符を打つブルーノ。

「では、まずは宿を取りに行きましょうか。ああ、私は空いた時間にアイテムショップへ行って、ドミニク大尉から回収したマジック・アイテムの解析をしなければなりませんので。悪しからず」
「予定を押し付ける気満々だな!」
「まあ、元々はそれが目的で立ち寄ったようなものですから」

 言いながら、疎らな街道をゆっくりと歩く。
 端的に言ってしまえば、魔道国は興味を惹くようなマジック・アイテムに溢れたワンダーランドのようなものだ。

 独りでに水の魔法を使い、観葉植物に水をやるアイテム。光の魔法でヴァレンディア内部の案内を表示するアイテム。更には移動に杖を使って空を飛んでいる者まで、とにかく何もかもが帝国とは異なる。

「これ、帝国でも導入すればいいのにな」

 ポロッと溢れたコメントに対し、イアンは肩を竦めて首を横に振った。

「無理でしょうね。ヴァレンディアのずっと稼働をし続けているアイテムは当然永遠と魔力を消費し続けます。魔道国は全国の魔道士が集まる地なので、税の代わりに魔力を納める事で現状が成り立ちますが、帝国で同じ事をすればすぐに魔力が底を突く事でしょう」
「ま、道理だな。帝国は広く、そして一般人の割合が90%を占める。帝都だけにこの技術を導入したって、人口と一般人の割合からしても3日と保たないだろうよ」

 悔しいがその通りだな、とリカルデも難しい顔で頷く。

「ヴァレンディアが現状を支えていられるのは、人口の7割が魔道士だからだ。それに、魔道国は狭い。国の全てを合わせたところで、帝都より少しばかり小さい程度の国土だ」
「ちょっと想像出来ないな。そんな小さな国に住む人間の7割が魔道士?」

 10人中7人が魔道士。3人が一般人。
 即ちそれは、転じて魔道士である事が普通だという事だ。これじゃあまるで――

「狂気の沙汰、ですよねえ。帝国は軍事国家だの何だのと非難を浴びる事が多々ありますが、本当の軍事国家、それは一体どこなのでしょうか。少なくとも、これだけの数の魔道士を集める国がただの国家という事は無いのでしょうね」
「そうだな。数だけ聞くと、どっちがどっちだか分からなくなってくる」

 魔道士と名乗っている以上、一般人相手に危害を加えるのは呼吸するのと同じくらいに容易なはず。つまり、今目の前を闊歩している彼等彼女等は、他者を傷付ける術を皆持っているという事だ。