第4話

10.最終手段


 釣られてジャックもまた、そちらへ視線を送る。
 困惑した様子のリカルデ。彼女は最早キメラの間合いから外れ、一人で矢面に立っているブルーノを眺めているだけだ。本人も騎士職であるはずなのに遠くへ退避させられ、首を傾げているのが見て取れる。

 一方でキメラ2体の注目を集めているブルーノは持っていた得物をポイと投げ捨てた。意味不明な行動に瞬きを繰り返していると、少しだけ子供のようにはしゃいだ様子のイアンが言葉を溢す。

「開示して頂けるようですね。《ラストリゾート》」
「そうか……。俺が負傷したせいだな。アイツ、面倒見良いし」
「ええ、ええ。良い働きをしましたね、ジャック」

 ――全然嬉しくない。
 それよりも、助けて貰ってありがとうの一言をまだ貰っていない気がする。いや、治癒魔法で命を救われているので、どっちもどっちと言ったところだが。

 ともあれ、ブルーノは空いた拳を力強く握りしめる。周囲の魔力が可視化し、風が拳を中心に渦を巻くように、光の粒子が集まった。
 刹那、ブルーノの両手には鈍く輝くナックルのようなものが出現していた。途端に不安になってくる。

「リーチ、短いな!」
「元気ですねジャック。大丈夫でしょう、見るからに《ラストリゾート》ですし」

 その《ラストリゾート》に対する絶対の信頼は一体何なのか。先程まで血液を体外に垂れ流していた身体に鞭打って、ゆっくりと起き上がる。頭を動かしたせいか、軽い眩暈に襲われたが倒れる程でも無い。

 どこか仰々しいその得物を装備したまま、ブルーノが軽く地を蹴る。そのフットワークの軽さは相変わらずだが、その軽さのまま、あまり勢いもなくどこかスローにも見える動きで拳を振るった。
 瞬間、目を見開く。
 キメラとブルーノとの距離には拳を伸ばした程度では届かない間合いがあった。しかし、そんなものは一切関係ない。

 放たれたのは魔力の本流。一体、魔法が苦手だと宣っていた彼のどこからそんな力が引き出されたのか。引き絞られた弓のように爆発的なその魔力はキメラの1体を呑み込み、腹に大穴を開け、内容物を撒き散らしてようやく地面に倒れる。その後、跡形もなく溶け消えた。

「へ、兵器か!?」
「そうですよ。帝国の研究員がこれに執着する理由、お分かり頂けましたか?」
「お分かりも何も、俺は生物兵器に分類されるんだが……」
「もし、帝国がラストリゾートの模造品を造り得たとして、それを扱うのはホムンクルスですよ。人体にどんな影響が出るかも分かりませんし」

 チラ、と惨劇の痕に目をやる。
 えぐれた地面、バラバラになったキメラ、薙ぎ倒された木々。こんなもの、町中で放てば3発くらいで町の機能が完全に止まってしまう事だろう。

 気を取られていると、ブルーノがもう1体に対し、もう一度拳を振るった。先程より少し威力が落ちただろうか。それでもキメラをその一撃で落としてしまった。
 深く息を吐き出したブルーノは拳と拳を打ち鳴らすと、そのまま例の《ラストリゾート》とやらが消滅した。光の粒子になって、完全に大気中に溶けてしまう。

「おい、イアン!ジャックはどうなった!?」

 振り返ったブルーノと目が合った。ので、一瞬だけ考えて無事を示すようにひらりと手を振る。

「お、思った以上に無事そうだな」
「全くだ。私は正直、流石に死人が出るかと思って、恐ろしくて近付けなかったよ」

 ブルーノの言葉にリカルデが追随する。何か近付いて来ないなと思ったら、痛々しくて近付き難かったというわけか。
 こちらへ向かって歩いて来ながら、ブルーノが事も無げに語る。

「もう使っちまったから解説しておくが」
「はい?何をですか?」
「俺の《ラストリゾート》」

 訝しげな顔をしたイアンが、「正気ですか?」と呟きにも似た言葉を吐き出す。対し、ブルーノは仕方ないと言わんばかりに肩を竦めた。

「や、どうせ一時は協同線を張るんだ。俺のこれは、性能を周囲が知ってた方が回転が良いだろ。使えねぇ時に頼られても困るしな」
「その口ぶりでは役に立たない時が多々あるように感じられますね」
「条件は厳しくねぇんだがな。俺の《ラストリゾート》の使用条件は、俺が対象の事を心底嫌っているかどうかに委ねられてる」
「感情に左右されるって事か?」

 おう、とブルーノが元気よく頷いた。

「俺は嫌いな対象しか殴り殺す事は出来ないって事よ!」
「成る程。シンプルですが、存外難しい条件かもしれませんね。だって貴方、ジャックが負傷するまで今回は出せなかった訳でしょう?」

 手っ取り早く片を付けようと思うのであれば、キメラが現れた時点でブルーノが《ラストリゾート》を使用し、立ち回れば解決だった。しかし、彼は負傷者が出るまで堅実な討伐作業に身をやつしていたのだから、『あの時点では使用出来なかった』という見解が正しいだろう。

「ま、そりゃそうだな。今出会った、見ず知らずの相手を殺したい程嫌うなんざ普通にありえねぇし」
「では貴方はこの先もほとんどそれを使う事は無いでしょうね。出会う者、皆初対面でしょうし。ただし、ご自身の感情に素直な、貴方のような人物には相応しい代物かもしれません」
「え?どういう意味で?」

 ジャックの問いにイアンは薄ら笑みを浮かべた。

「自分の感情を理論的に理解する人がたまにいるでしょう。『こういう訳だから、今私はこう思っているはずだ』、みたいな。しかし、感情は理論を超越します。この世の全ての知的生命体が理論に準じて生きているのであれば、戦争などは起こり得ませんからね。と言うわけで、理論的に感情を理解しようとする輩には、彼の《ラストリゾート》は扱えないでしょう」
「だがまあ、《ラストリゾート》が持ち主の性質に依存するのか、《ラストリゾート》の性能に持ち主の性格が依存するのかは同胞の間でも永遠の謎だからな。相性が悪い専用武器を携えてる奴には、俺も出会った事ねぇし」