第3話

19.とっちらかり事件


 ルイスが去って行った後を見送り、ぐったりとブルーノが息を吐き出した。

「今日はいつにも増して使えませんでしたね、貴方」
「いつも使えないと思われてたのかよ俺。驚愕の事実が判明したな」
「で、あれは何だったのですか。乗り合わせたのは偶然?それとも、必然?」

 偶然だろ、とブルーノはそう断定した。そこには先程までの迷いに迷っていた、非常にらしくない彼の姿は無い。いつも通りの凛然とした態度だ。

「ルイス様――ルイス・フォン・ニンブス様は、ちょっと色々ごたごたがあって故郷に帰ってねぇんだよ。俺達は歳を取らねぇから一カ所に留まる事も出来ず、転々としてんだろうな。あれを見る限り」
「転々としている?由緒正しい王の血族なんだろう?」

 リカルデの問い。それに「あー」、と奇声を上げたブルーノはグッと声を潜めた。内緒話をしようとしているのは明白だが、イアンはそれに待ったをかける。

「《旧き者》の事情を私達に安易に話して良いのですか?」
「お前等は余所の連中に俺の話を言いふらすようなタマじゃねぇだろ。大丈夫。で、だ。実は故郷――ロスト・タウンで50……いや、60年前だったかに王族同士の争いが起こったんだよ」

 相続争いか、とジャックが訊ねるもブルーノは首を横に振った。

「端的に言うと、前ロードが息子に殺され、それをルイス様が殺害した。自責の念なのかは知らないが、ルイス様は流浪の旅に。で、三男のクリフォード様が今のロードだ」
「王族ってそんなグダグダな感じで良いのか?」
「いや駄目だろなぁ。まあ、現ロードは良い人だよ。兄2人の不祥事で疲れ切ってはいるが」

 ちょっと待って下さいよ、とイアンは情報を整理する。
 前ロードを殺した人物の名前が無い事に気付いた。

「ルイス様とやらの兄?弟?のお名前は?」
「分からん」
「ハァ?」
「俺は100年と少ししか生きてねぇからな。王族と顔を合わせる機会はねぇし、日常会話でロード以外の王族の名前が出て来る事はねぇからな。事件の後は口にするのも憚られる忌み名として封印指定される勢いだし、今更、王族の長男は何て名前だったかなんざ訊ける訳がねぇわ」

 それに、とここでブルーノはサングラスから見える眉を少し寄せた。

「あの人は聞く度に名前が変わる、って話題だったからな。多分、何個か名前を使い分けてんだろ。真名を知ってんのは恐らく身内だけ」

 焦臭いな、とジャックが肩を竦める。

「そいつは本当に王族なのか?まあ、帝国も人の事は言えないのかもしれないが」
「軍事国家化しているからな……。今国を率いているのは、王ではなく軍だ」

 あ、とブルーノが手を叩いた。何かを思い出したかのような動作に視線が集まる。

「俺が最後に聞いた、長男殿の名前は確かジャックだったぞ」
「俺と被ってるじゃないか」
「偽名だろ。ジャックなんて名前、さして珍しくもねぇ」

 ジャックで思い出したが、ルイスが言っていた「それ」とは何だったのだろうか。言葉を濁したというか、敢えて直接的な呼称を避けた言い方――それは偶然か必然か。偶然であるならば問題無いが、必然、敢えて隠したのであれば「それ」の特定はある意味容易になる。

 人間に知られたく無いモノ、或いはルイス以外の誰にも知られたく無いモノ――これもまた、どちらの意味なのかによって変わるか。

 ――『ご乗船されているお客様へ連絡です。間もなく、シー・ドミニオンに到着致します。長らくのご乗船、お疲れ様でした』

 唐突に入った船内アナウンスで我に返る。その件については他でもないルイスの口から聞いていた事実だった為、イアンとジャックは「ああ」、という味気ない反応を示した。が、リカルデが目を白黒させている。

「シー・ドミニオン!?て、帝国からすら出ていないじゃないか!」
「……ああ。そういえば、かつてはシルベリアの領地だったここも我々が占領してしまったのでしたね。失念していました」
「しかもここ、貴方が軍を率いて落とした場所じゃないか!半年前に!」
「そうでしたっけ。私、移動は馬車で着いた所で任務を遂行する、といった具合だったのでどこを落としただの、どこを攻撃しただのはあまりよく覚えていないのですよね」

 ははは、とブルーノが盛大な笑い声を上げる。

「何を笑っているんだ!」
「いや、お前等とは大陸を出たらお別れする予定だったからな。ま、これからも一時はよろしく頼むぜ。人数は多い方が楽しいだろ」

 確かに、大陸を出ていないのでブルーノとの旅も続行と相成るだろう。彼が自分達の逃避行に着いてくるメリットは帝国兵に絡まれるくらいしか無いが。
 しかし、船旅も休まらなかったし、シー・ドミニオンでは少しの息抜きでもしよう。