第4話

01.自由行動を始めた途端、解散するのは止めろ


 シー・ドミニオンとは。大陸を円形に示すとすれば、例のナミノ港町から丁度反対側にある港だ。つまり、この狭い大陸を半周して、結局は帝国から出ていないのだとリカルデが分かり易く説明してくれた。

 ジャックは目を細めて行き交う人々を観察する。
 人間6割、後の4割は魚人だろうか。どことなく聞き取り辛い、特有の喋り方があちこちから聞こえて来る。
 街の大きさはナミノとは比較出来ない。あの港町も大きいように感じたが、ここはもっと大きくて都会的だ。

「宿取ったけど、今からどうするよ。ま、今日は休業か」

 ブルーノが肩を竦める。そうですね、と同意の意を示したのはイアンだ。特に疲れているようには見えないが、その視線はすでに建ち並ぶ店に向けられているあたり、買いたい物でもあるのかもしれない。
 反論が上がらなかったからか、イアンが更に言葉を続けた。

「では、各自自由行動という事で」
「おーう、俺も市場にでも行ってみるかな」
「皆、あまり遅くならないように」

 三者三様の態度で全くバラバラの方向へ歩き出すのを見て、思わずジャックは待ったをかけた。
 こういう時、人はどういった行動を取るのか自信を持って言える程人生を生きてはいないが、何故当然のように個人行動を始めてしまうのか。
 ――休憩時間の潰し方とか知らないから、誰か俺を連れて行ってくれ!

 心中で叫んではたと我に返る。見れば、ブルーノは姿を消し、リカルデはすでに近くの店へ入った後。その場に残っているのは怪訝そうな顔をしたイアンだけである。

「まだ何かあるのですか」
「えっ……!?いや、何であんたが残った?」
「貴方が呼び止めたのでしょう。用が無いのならば、もう行きますよ」
「い、いや待て!もうこの際誰でも良い、俺はあんたに着いていくからな」

 理解出来ない、そう口には出さないが態度には出したイアンが完全に足を止めてしまった。何で本当、よりにもよって彼女だけが自分の言葉を聞いていたのか。ブルーノかリカルデなら快く同行を許可してくれただろうに。

「何故いきなり私と行動を共にするなどと言い出したのですか。まさか、私がもう一度寝返って帝国側に回るとでも?」
「誰もそこまで言って無いし、別にそんな事考えてない……!あんた、いちいち発想が恐ろしいな!」
「ではどうして?」
「お、俺達は追われている立場なんだ。単独行動は危険だろ」
「……ふぅん」
「本気で言ってるんだ!」

 実際は暇な時間の潰し方なぞ知らなかっただけだし、右も左も分からない場所に1人で放り出されるのを嫌ったからである。勿論、自分の苦し紛れな言い分は看破されているようでイアンは眉根を寄せていた。
 しかし、やがてその疑問について考えるのも馬鹿らしくなったのだろう。或いは自己解決したのか。興味を失ったようにイアンが背を向けた。

「貴方の好きにしたら良いんじゃないですか。私も特に行きたい場所などありませんし」

 許可されたのでそれとなく隣に並ぶ。あ、これとても仲良しの友達みたいだ。尤も、友達なんて今まで1人たりともいた事は無いけれど。

 そういえば、と不意にイアンが口を開いた。視線は腰のホルスターに注がれている。

「貴方がブルーノさんの店で購入した、例のタガーについて私なりに考えてみました」
「お、おう。俺より考えてるんだな」
「ええ。その特徴からして、世にも珍しいメイヴィス製品ではないかと思います。鋼が人を斬り付ける形状に鍛えられているというのに、肉を裂く役目を負えないとは考え辛いですからね」
「じゃ、じゃあ何を斬る為のタガーなんだよ。これ」
「分かりません。ので、貴方は積極的にあらゆる存在をそれで攻撃する必要があります」
「そうか……。ところで、メイヴィス製品って何だよ」

 メイヴィス製品とは、とイアンが淡々と言葉を紡ぐ。

「錬金術の母と名高い、メイヴィス・イルドレシアが作った全てのアイテムを指します。貴方にも分かり易く説明するのであれば、リカルデさんや貴方が使っている魔石の混ぜ込まれた武器。あの魔石を、魔石粉にする技術を最初に生み出したのも彼女です」
「そうなのか!?じゃあ、俺が今使っているこれは、そいつがいなければ存在しなかった?」
「ええ。彼女の名前を知らない者はいません。武を嗜む者、魔道を嗜む者――等しく一度はメイヴィス・イルドレシアの名を聞く事でしょう。彼女は間違い無く歴史の偉人です」
「持ち上げるな。珍しい」

 ふ、とイアンは例の怪しげな笑みを浮かべた。しかし、その瞳には哀愁のようなものさえ漂っている。

「一度、お会いしてみたかったです。かつては死に体だった錬金術の息を吹き返してみせた存在――その思考を体感してみたかった。さぞや素敵な欲を持っていらしたのでしょうね。野望、とも呼べるかもしれませんが」

 メイヴィス・イルドレシアについて思考してみる。
 きっと一癖も二癖もあり、錬金術以外に興味を示さないマッドサイエンティストのような存在だったのだろう。それを思うと会いたいとは思えなかった。ホムンクルスである自分なぞ、実験台にされかねない。

 そんな歴史の偉人が創り出した、武器。もしイアンの予想が的中しているのならば、これは何を斬る為の武器なのだろうか。