18.ブルーノの苦難
二度同じ説明を繰り返したイアンは視線に気付いて顔を上げる。ルイスがこちらをジッと見ていた。説明をもう一回繰り返すのをわざわざ待っていたらしい。すいません、と頭を軽く下げる。
「あ、続けてどうぞ」
「釘は刺し終わったのか?……まあいい、それで、お前は一体何なんだ」
会話は筒抜けだったようだが、ルイスは仕切り直すように――或いは一連のグダグダを見なかった事にするかのようにジャックへと訊ねた。
鋭い視線をジャックへと投げ掛けたイアンは「言うな」と口の動きだけで伝える。うんうん、と彼が激しく頷いているので全て台無しだが。
「悪いが、あんたには答えられない」
「……ブルーノ」
再びルイスの視線が同胞である彼へと向けられる。ひえっ、と珍しくもブルーノが情けない悲鳴を上げた。上司と仲間の板挟みで困っているのは明白だ。
「すいません、俺は……」
「ブルーノ。いつもはお前の優しさに免じて見逃すが、今回ばかりはそうはいかない。お前の、引いては種の為だと思って口を割ってくれ」
「えっ、ジャックの奴はそこまで大事になるような秘密は抱えてないですけど」
「……いや、そっちではなく――」
俺は、とジャックが割って入った。何を言い出すつもりだ、と諫めるがすでに開いた口は閉じない。ブルーノもそうだが、彼等はお人好しが過ぎる。
「俺は、ホムンクルスだ……!これでいいだろ、ブルーノは開放してやれ」
生命から開放される恐れが出て来た。
イアンは小さく舌打ちしてローブに片手を突っ込む。手に鋼の感触。数本ある杖の内の1本に指先が触れた感触だ。
臨戦態勢に入ったイアンを制すように、ルイスが片手で待ったを掛ける。
「私が訊きたいのはそんな事ではないよ。人造人間――数が多くいれば問題になるが、自我を持った1人が出現したところで、それは人間が起こした奇跡に他ならない。人間の努力の結晶を真正面から否定するのは良く無いな……」
「……じゃああんた、何が訊きたいんだよ」
「私が訊きたいのは、お前が持っているそれはどこで手に入れた物なのか、という事だ」
「え?」
それは一瞬だった。ずっと警戒していたイアンの動体視力を完全に無視した速度で動いたルイスが、トン、とジャックの心臓辺りを指し示す。
それと同時に、イアンはローブから引き抜いた杖をルイスに振り下ろした。必要最低限の動きでそれを避けた人外はけたたましい音と共に甲板の薄い板を突き破った杖を見て目を細める。
「エンチャント――他者を殺める事に躊躇いがなさ過ぎるな、お前は」
「人を羽虫のように捻り殺せる貴方が言うと、言葉に重みがありませんね」
「まさか。私は人も同胞も、皆尊く同質量の生命を持っていると思っているさ。それは、ホムンクルスも例外ではなく」
「等しく同様に羽虫同然だと?流石、人外の王様は言う事が違いますね」
「……そうだな。我々の性質上、否定如きでお前の思い込みを打破する事は出来ないだろう」
――こういうのはあまり愉しくない。
早くもうんざりした気分のイアンはジャックより前に出る。彼の内容物についても気に掛かるが、それより目の前の《旧き者》にジャックを解体されるのは契約違反になるので良く無い。
自分事では無いので自身の欲望を感じ取る事も出来ない、事務的な防衛。義務感は欲望を生み出さないから嫌いだ。
「ブルーノ!私達も手を貸そう!」
ロードの血族と聞いて萎縮していたリカルデだが、瞬く間に加勢する気概を見せた。彼女も彼女で思い切りが良すぎるというか、変わった一面があるらしい。
しかし、いつもは即断即決のブルーノが緩く首を振る。
「いや、俺には王族の横っ面を殴り倒す度胸はねぇわ……。それに、別にルイス様の事は嫌いじゃねぇしなあ」
「えっ、今感情論!?嫌いだったら王族だろうと容赦無く殴るのか、貴方は!」
「いや、うーん。まあ、ルイス様の言葉を借りるのなら、性質上そうなるなって話か」
――アテにならない。
イアンはルイスの背後へ向けていた視線のピントを、ルイスに合わせる。あの軽やかな動きからして、ドミニクより高い近距離戦の技術を持っているのだろう。素人の動きに怯まない所がそれらしい。
であれば、付与魔法はほとんど無意味。むしろ自分の立つ足場を破壊してしまいかねないので、邪魔という事になる。
後ろでに手の指で印を描きつつ、相手の出方を伺う。儀式魔法では彼に怪我一つ負わせられないだろうが、仕掛けるべきか否か――
「落ち着け」
「一応、命が懸かっている状況でそれは無理があるのでは?」
「私はここで何かをするつもりは無い。お前の持っている膨大な魔力を用いて、この船の上で争おうものなら船が破壊されかねないな。我々はともかく、他に大勢の人間が乗っている。それに危害を加える事は出来ない」
「お優しいのですね」
「常識の範囲内で話をしている。お前の狂った思考に準じるつもりはない」
何もする気は無い、そう証明するかの如くルイスがくるりと背を向ける。甲板から船室へ戻るドアの前まで歩み寄ったところで、不意にこちらを振り返った。その視線はジャックではなく、イアンをひたと見据えている。
「――他人の性分に口を挟むつもりは無いが、お前の魔力量は人間のそれとは思えないな。強者が弱者を虐げる行為は我々の種にとって取り締まる対象だ。その考え方は認可出来ない、改める事を勧める」