17.ロードの血族
少し気まずく感じたのか、下手クソに話題を変えたのはジャックだった。話題の変わり方といい、とにかく不自然極まり無い感じが大変よろしい。何となく微笑ましかったので、話題に乗っかる事にした。
「ところで、あんたは甲板で何してたんだ?」
「ええ、船の速度が随分と速いので、あまり遠くへ行かない船なのではないか、と考えていました」
「えっ!?」
「大陸の反対側に海路を使って行くだけの船――かもしれませんね」
ジャックが何事か口を開き掛けたその時だった。予期せぬ方向から、仮説の答えが届いたのは。
「この船はシー・ドミニオン行きだ」
男声。少し高めの、裏腹に酷く落ち着きを払った声音だ。仲間内の誰のものでもない声に、思わずそちらへ顔を向ける。
向けて、そして息を呑んだ。
黒い髪にスーツ姿。そこまではいい、何も問題はない。だが、恐ろしい程に整ったどこか中性的な顔立ちと――そして明らかに人間のものではない赤い双眸。これだけは「ああ綺麗な人だな」、と受け流す訳にはいかなかった。
何故なら目の前に立つ彼の特徴は全て《旧き者》の特徴と一致する。一致し過ぎる程に一致していると言えるだろう。
――威圧感。
いっそ息苦しい程の美の押し売りと、空気感にイアンは数歩後退った。本能が告げている。今ここで、彼とやり合えば命は無い事を。
こちらが気後れして取った僅かな距離を、男は臆することなく一歩で詰める。そうして、今し方紡いだ言葉の詳細な意味を勝手に述べた。
「港の掲示板を見てこの船に乗ったのだろうが、ここ1週間は海路を変更し、船は大陸から出ないようになっているそうだ。お前達も間違えてこの船に乗ったのだろう」
「……ご親切に教えて頂いて、有り難うございます」
「構わない」
一歩、またも男が距離を詰める。最早、攻撃しようと思えば届く距離。間合いの中に入っているが、背後は海だ。これ以上逃げる事は出来ない。
しかし、何か用事があってこの男は声を掛けて来たのだろうか。それとも、ただ単に甲板で困っている客がいたから船の事情を説明しただけか。どちらにせよ、間違い無く人外なので警戒するに越した事は無い。
隣に立つジャックを横目で見る。彼は彼で正体不明の威圧感に、完全に硬直していた。使い物になりそうもない。
どこを見ているのか分からない、ぼんやりと宙を漂っていた男の視線がジャックのあたりではたと止まった。二度、三度と瞬きをし、小首を傾げている。
「そっちの男。お前には少し訊ねたい事が――」
そう言ってジャックへと伸ばした手が届くより先に、再び甲板へ続くドアが開いた。見慣れた顔が2つ――ブルーノとリカルデが現れる。
ああっ、とブルーノが大声を上げた。もし目の前の男が本当に《旧き者》ならアーロンと知り合いでおかしな事は無い。案の定、ブルーノは男を指してこう叫んだ。
「ど、どうしてこんな所にいるんですか、ルイス様!」
「……お前は、ブルーノか。大きくなったな。父と同様に人里が好きなのだと聞いていたが、楽しそうで何よりだ」
男――ルイスとやらの一言で分かった事が2つある。
1つ、彼はブルーノより位が高い存在である事。
2つ、一見するとブルーノの方が歳を取っているように見えるが、恐らくはルイスの方が年長者である事。
端的に言ってしまえば分が悪い事この上無い。
「ブルーノ、彼は貴方の知り合いか?」
リカルデの問いに、「お、うーん」、とどっちなのか分からない答えを寄越すブルーノ。だが、次の一言で全てが氷解した。
「知り合いって言うか、どっちかって言うと上司?ロードの血族だし、俺は頭上がんねぇや」
「お、王族!?これは、失礼した」
不躾に指を指した事をリカルデが速急に謝る。それをルイスが手で制した。代わり、ジャックから視線を外した彼はブルーノに訊ねる。
「そちらの男、あれは何だ。お前の知り合いだろう?」
「え?あっ……あーっと、そのですね。いや、ちょっと俺には何とも言えない、つうか、プライベートに関わる問題なもんで……本人に訊いて貰った方が良いかと」
「そうか。そういえばお前は気を遣う性だったな。悪い事を訊いた」
「いっ、いえいえ……。別に気にしてないんで」
――ジャックの話題を避けた。
つまり、ジャックは《旧き者》観点から見るとグレーの存在という事だろうか。人間が造った、人工的な生命。それは調律者である伝承種族から見れば、本当は許し難い存在になるのかもしれない。
ならば――
「ジャック。貴方は馬鹿正直に自分がどういう存在であるのかを明かさない方がいいかもしれません」
囁くように耳元で伝える。ギョッとした顔のジャックはややあって頷き、こう言った。
「わ、悪い……。今、何て言った?ちょっとあんた近すぎるんだよ」
「ハァ?」