第3話

08.『飛行禁止』


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 翌日、アルニマ村を後にしたイアンは少しばかり考え事をしていた。というのも、行き先はナミノ港町なのだが、やはり船の心配だけは拭いされない。ジャック、リカルデとは大陸を出るまで手を組んでいる以上、彼等を送り出してからでなければ単独行動は取れないだろう。
 契約は契約、やると言った事を理由も無く途中で放り出すのは美しくない。

「なあ、ちょっと訊きたいんだが」
「ええ、どうしました」

 不意にジャックが胡乱げな目で口を開いた。黙々と歩みを進めていた一同の視線が彼へと集まる。

「アルニマ村へ入った時、あの女性が言っていた『飛行禁止』って何だ?」

 その問いに対しテキパキとリカルデが答える。

「帝国内で一定以上の高さを飛行してはいけない、という法律だ。一般的な民家の屋根より高い位置を飛んではいけない事になっている。尤も、大抵の人間は魔道士でも無い限り空を飛ぶ事などあり得ないので獣人の――それも、鳥の型を持つ連中が被害を受けたようだ」
「何で飛ぶのは駄目なんだよ」
「え?さあ……イーデン宰相が取り決めた事だから、私のような末端の兵には理由など知らされていないな」
「何で訳の分からない法律をホイホイ受け入れるんだ……」
「私達は、最初から飛べないからな。人間からして見れば特に利益も害も無いからだろう」

 飛行禁止ねぇ、とブルーノが考え込むようにポツリと呟く。確か、その法律が発布されたのは自分が帝国に所属するずっと前だったと聞いている。

「意図が分かんねぇな。それに何か意味があんのか?というか、それを破って空を飛んだらどうすんだよ」
「撃ち落とされる。こちらには銃があるからな」
「成る程。穏やかじゃねぇや」

 「飛行禁止」の理由は分からないが、意図なら分かる。イアンは薄く笑みを浮かべた。

「飛んではならない、という意図なら分かりますよ。上空から見る事で見える『何か』を隠す為でしょう。禁止事項を侵せば即射殺、だなんて如何にもといった感じですし」
「見えた『何か』を口外しない為の口封じって訳か。いよいよ胡散臭ぇな。というか、イアン、お前何か聞いてないのかよ」
「聞いていませんよ。私はバルバラさんやドミニクさんと比べて、後から入りましたからね。或いは彼等ならば何か知っているかもしれませんが」

 こんな阿呆のような法律を作り出した人物――イーデン宰相。実は名前しか聞いた事が無い。間違い無く帝国で働いていた時の、自分の上司であるにも関わらず顔を見た事が無いのだ。
 そしてそれは、恐らく他の同僚も同じ。まるで都市伝説のような人物、それこそが彼である。

 ところで、とジャックが不意に話題を変える。空気が重くなるのを嫌う傾向にあるので、そのせいだろう。

「ナミノ港町ってどんな所なんだ?」
「帝国お抱えの港がある。大陸の外へ行く為の船も、大陸の反対側まで行ける船も、1日にたくさんの船が出入りする町だ。当然、海があるから魚介類が美味しいぞ。綺麗な町、と言った感じかな」
「へぇ、そうか。少し楽しみになってきた」

 会話を聞き流しつつ、ローブのフードを確認する。このローブ、『烏のローブ』というマジックアイテムなのだが、布の伸縮性が自在な武器庫だ。割と値が張ったが、布の伸縮性が自在、という特性には助けられている。
 イアンはフードを目深に被れる事を確認した。不審な行動に対し、ジャックが狼狽えているのがしっかりと視界に入る。

「え、ど、どうした?」
「ナミノ港町には私達より先に到着した追っ手がいる可能性がかなり高いので、形だけでも顔が目に触れないようにしておこうかと」
「そういえばあんた、昨日何か言ってたな」
「ええ。追っ手がいる危険性について考えていました」

 何だと、とリカルデが足を止めた。

「大丈夫なのか、それは……!」
「問題ありません。恐らく、町の中で追っ手が仕掛けてくる事は無いでしょう。港町は帝国の重要地。悪戯に傷付ける事はありませんし、追っ手が出て来るのならば町の入り口付近です」

 ナミノ港町、管轄は誰だっただろうか――ゲーアハルト・ベルゲマンだっただろうか。であれば、対召喚獣戦になりかねない。手数を揃えてガチガチに固められていたら、一度撤退した方が良さそうだ。