第3話

04.魔物討伐のお願い


 イアン、とジャックから声を掛けられる。彼は自分に対して恐れたような態度を取る割にはよく絡んで来るのだから面白い。

「宿代もタダらしいし、ちょっと行って魔物討伐してきて良いんじゃないのか?何だか、困ってるみたいだし……」
「お人好しなんですねえ」
「あんたにしてみれば、魔物なんて小指で捻るくらいだろ。大した手間でもないはずだ」
「自分で戦うという発想は無いのですね」
「そ、そういうわけじゃない!」

 しかしどうしたものか。正直、魔物討伐など面白味も無いので辞退したい。だが後ろの面子達は行く気満々である。人助けをする事に躊躇いは無く、困っている者を放っておく事を由としない。
 ――完全なるアウェー。善良な人物であるブルーノは当然ながら自分の味方をするはずもない。

 一つ息を吐き出したイアンは退屈そうに、いつもそう言うような妥協案を口から吐き出した。

「お好きにどうぞ」
「流石はイアン殿、最後にはそう言ってくれると思っていた」

 そう言ったリカルデはイアンの横を通り過ぎ、獣人の女性に軽く会釈をする。

「魔物討伐を請け負おう。それで、その魔物はどんな魔物なんだ?」
「あ、ありがとうございます……!えー、魔物はですね、出会った者の話によると赤い目をしているとか」
「赤い目?」
「ええ。私達獣人は第六感に優れた種族です。その時点で危険な魔物だと感じた遭遇者が逃げ出してしまいまして……異様な空気だったそうですよ」

 異様な空気――それこそまさに第六感で感じ取ったものか。獣人は確かに勘の鋭い者が多い。獣の勘というか、危機察知能力というか。
 そこを疑う余地は無く、同時に少しばかり話が面白くなって来た事を感じ取る。ただの魔物ではないのかもしれない。使えそうならば捕まえて飼うのも悪くは無いだろう。最悪、召喚術で応戦するのもありだ。キメラの食費が浮くような魔物ならなお良い。

「おう、どの辺りに出没するんだい」

 ブルーノの問いに対し、女性は一方向を指さした。

「この先をずっと進むと湖があるのですが、その辺りにいるらしいです。何度も遭遇情報が上がっています」
「……本当に誰も見ていないのですか、その魔物を」

 何度も遭遇情報が上がっていながら、姿を見た者がいない。それは随分とおかしな話である。
 疑われている事に気付いた女性は首を横に振った。

「それが、血気盛んな者はその姿を見ようと探したのですが……私達の気配で、逃げてしまったようで」
「獣人の気配で逃げ出すような魔物ならば放っておけばいいのではないですか」
「湖の水は我々の生活に欠かせません。恐がって近寄れない者もいるのです。放っておくのはちょっと……」

 ――埒があかない。手の上で転がされているような気がしないでもないが、一度湖にまで行ってみなければ何とも言えないのが面倒くささに拍車を掛けている。
 そろそろ誰かが現場を見に行こうと言い出すはずだ。
 案の定、驚く程予想通りにリカルデが切り出す。

「では、取り敢えず湖を見に行って来よう。運が良ければその魔物にも遭遇出来るかもしれない」
「それもそうだな。よし、行くぞ」

 トントン拍子で進む話に半ば呆れながらも頷く。魔物ではなく人為的な罠が仕掛けられている可能性を微塵も考えていないようだ。
 まあいい、この先何度もこういう事があっては困る。いっそここで少しばかり痛い目を見てくれた方が、人を疑うという事を覚えるのに丁度良いだろう。ブルーノに至っては人間の良い面しか見ていないのかと疑問を覚える程に単純だが、それも今は良い。

「イアン、どうかしたのか」
「……いいえ。少しばかり考え事をしていました。では行きましょうか。何が出て来るのか、楽しみですね」

 ***

 女性に言われた湖というのは森の内部にあるようで、折角山道を通り過ぎたのに今度は森に足を突っ込む事となってしまった。
 女子供とは言え、やはり獣人。この獣道を毎日2回、3回は往復していると言うのだから驚きだ。こんな所にまで水を汲みに来るくらいならば、水を発生させる魔法を開発した方がまだマシである。

 そしてこの森もまた、魔物が湧きやすい環境。適度に薄暗く、少し湿っていて、そして獣道以外、人が通る事もない。

「結構遠いな」
「直ぐ近くと言っていたが、やはり人と獣人の感覚には違いがある……」

 ジャックが少しばかり疲労を滲ませながら呟いた言葉に、リカルデが応じる。
 他愛のない会話に耳を傾けていたイアンは不意に走った悪寒により足を止めた。

「……おう、イアンどうした?もう疲れたか?」
「いえ。何かこう……異様な空気が」

 視線ではない。周囲に残った魔力の残滓、だろうか。周囲に魔力を撒き散らす程、魔力を携えた何かが通った跡と言えばそれが正しい。
 空気と一緒に吸った魔力が喉に痛いくらいだ。
 この感覚を分かち合えるのは、辛うじてブルーノくらいだろうか。リカルデとジャックは明らかに魔法職ではないし、大気中に漂う魔力の変化に敏感では無さそうだ。

「ブルーノさん、漂う魔力が少しばかり変じゃありませんか?こう、濃いコーヒーをうっかり飲んでしまったような、胸焼け感のような」
「いや、別に……。悪ぃ、俺、魔法はあんま得意じゃねぇんだよ」
「はあ?ドミニク大尉との戦闘で、兵士相手に使っていましたよね?」
「俺は同胞達と比べて、魔法が拙いんだよ!媒介魔法しか使えねぇし、そもそも細々した作業は苦手なんだ」

 盛大な溜息を吐いたイアンは頭を抱えた。何てことだ、お話にならない。
 魔力の残滓を辿るなんて人間業ではとてもじゃないが出来ないし、何か危険な生き物がいる気がする、という結論に至っただけで収穫も無い。完全に要らない事に気を回しただけである。