03.獣に嫌われる
「別に変な事を言うつもりはありませんよ。私はイアン・ベネット。かつては帝国の顧問魔道士でした。今は見ての通り、脱走兵の彼等に荷担しています」
ありのままに起こった事を述べた所、へぇ、と明るい声でブルーノが頷いた。そしてリカルデやジャックにそうしたように一言訊ねる。
「何で帝国を裏切ったんだ?金の話で悪いが、給料が悪かった、とかじゃ無いだろ」
「ええ、邸宅も購入しましたし羽振りの良い職場でしたよ。ただ、私にとっては刺激が足りませんでしたけど。生死を分けるギリギリのスリルも、いつ部下が寝返るか分からない不安定さも、次は負けるかもしれないという恐怖もありませんでしたからね」
「……ん?」
「帝国の役職持ちはなかなかの粒揃い達です。彼等と手を組み仲良しこよしするより、裏切り血で血を洗う殺し合いをした方が愉しめる。そうでしょう?」
「はい、ストップストーップ!」
ブルーノとイアンの間にジャックが割って入った。物理的に、顔を見て話している間に入って来たのだ。そんなホムンクルスの顔色は大変悪い。
「あんたな、もう人の皮を被った怪物だって事は分かったから、人の皮を被り直せ!」
「失礼な。私は歴とした人間ですよ。致命傷を負えば死ぬし、寿命でも死ぬ。ほら、貧弱で脆弱な人間でしょう?」
「いや、精神面の話だから!」
そういえば、とリカルデが思い出したように呟いた。
「イアン殿は、いつから軍に?」
「4年くらい前ですね。それがどうか致しましたか?」
「軍に入る前は、何をしていたのかと思って」
それが、とイアンは肩を竦める。その話に関しては自分でもおかしいとは思うが答える術を持たないのだ。
「私、ここ10年くらいの記憶しか無くて。放浪していたところを、軍に入らないかって事で帝国の兵士になったんですよね。そしたら丁度、顧問魔道士っていう新しい役職が確立されたのでその椅子を奪い取った形なんですよ。まあ、あのデス・ゲームじみた魔道士達の醜い殺し合いは愉しかったですけど。社会的に死ぬか物理的に死ぬか、みたいな」
「どうなってんだよ帝国……。よくこんなのに重要なポストあげたな」
「ブルーノさん、それは誤解です。あの時点で私以外に顧問魔道士になれる魔道士が存在しなかったので仕方ありません。これは自負でも何でも無く、純然たる事実なので私が自慢しいという性質を持たない事は理解しておいて下さいね」
「こっわ……。人間って恐ろしい生き物だな」
ブルーノが少し引いたような顔でポツリとそう溢した。それに関しては全面的に同意せざるを得ないが、帝国は残念な事に実力社会だ。実力が伴えば昇格出来るし、そうでなければずっと平のまま。
シンプルな階級制度は好ましかったし、縦社会ではないギスギス感は良かった。階級という階段を上りきった後には何も無かったが。
なあ、とジャックが一点を指さす。
「あれ、村じゃないか?」
「ええ。アルニマ村ですね。帝国の報告によるとかなり寂れた村らしいですけど、泊まる場所くらいはあると良いですね」
「そういうレベルなのか……」
「まあ、彼等には――」
村の入り口に立った所で村人が1人駆け寄って来た。
三角形の大きな耳に獣じみた双眸。着ている服からはふさふさの尾が見え隠れしている。それは典型的な獣人の格好だった。
――アルニマ村は獣人のみが住む、帝国内部にある小さな村である。圧倒的に人間と言う人種が多い大陸では獣人差別、魚人差別が酷い。それはもう目を覆いたくなる程悲惨なものだ。
そこで、隔離区と言う名の小さな村が与えられた。それがここ、アルニマ村である。閑散とした村の中では肩から先が完全に鳥の翼である者、或いは獣の特徴を備えた子供などがこちらをチラチラと伺っている。
ともあれ、駆け寄って来た少女へとイアンは視線を落とした。怯えている事を隠しもしないが、それでも果敢に用事があるように向かって来た事だけは評価しよう。
「どうかされましたか?」
優しげに声を掛けたはずだった。
しかし、半分とは言え彼等は獣でもある。生来、獣に好かれないイアンは獣人相手も同じだった。小さく悲鳴を上げた少女がその一言だけで薄く涙を浮かべて後退る。
肩を竦めたイアンは背後の同行者達に視線を投げ掛けた。呆気にとられた様子でその光景を観ていたリカルデが慌てて獣人の少女に声を掛ける。
「あーっと、我々が何かしたかな?もしかして、村は今、立ち入り禁止だとか……」
「あ、あの、そうじゃなくて……」
「怒らないから、お姉さんに話してみておくれ」
「その、お姉さん達は、旅の人?」
「そうだよ。港町へ行こうと思うんだが、1日では着けなくてね。今日はこの村でお世話になるつもりなんだ」
あのね、とモジモジと何か言い掛けた少女に代わり、慌てた様子で女性が駆けて来た。話者が自然と交代する。
「うちの子がすいません」
「いや、良いんだ。それよりも私達に用事があったのでは?」
「あのぉ……差し出がましいお願いではあるのですが。今、アルニマ村はちょっとした魔物の脅威に晒されていまして……」
「魔物討伐の依頼か?」
「ええ、まあ……。勿論、宿代はタダ、報酬も払います。お願いですから、湖の方を少し見て来て頂けませんか?」
そのままの勢いで「構わない」、と言い出しそうなリカルデの言葉を寸前で止める。無理矢理に割って入ってイアンは訊ねた。
「ご自分達でなさってはどうでしょう。貴方達は獣人。私達人間の力を借りるまでもなく、魔物如き討伐出来るはずですよ。それとも、何か事情が?」
端的に言えば帝国からの足止め要請を受けていると勘繰った。
魔物討伐の依頼と銘打ち、時間を取らせる魂胆かと。罠に掛かるのは好きだが、目に見えている罠に掛かってやるのは面白く無い。綿密に張り巡らされた罠にこそ価値があるのであり、見える地雷を踏むのは好ましくないからだ。
仲間達の非難がましい視線が突き刺さる。うっそりと笑みを浮かべたイアンに対し、女性は怯んだように一歩下がった。
しかし、恐怖を滲ませながらも女性は負けじと言葉を紡ぐ。
「見て分かる通り、獣人の男達は出払っています。残っているのは鳥型の獣人と、女子供だけです。ですが――帝国が発布した『飛行禁止』の法律に則り、私達は空を飛ぶ事が出来ません。
飛べない鳥など、家畜と同じ。私達には魔物風情を討伐する力はありません。分かって頂けたでしょうか……?」
女性の顔を覗き込む。滲む必死さ、自身の種を貶めるような発言といい、嘘を吐いているようには思えない。
「成る程。確かにそうですね」
「あ、はあ……」
言いながら村の様子を伺う。
成る程、確かに一番の働き手である成人済みの獣人男性はいない。いるのは獣人の女子供、そして死んだような目をした獣人鳥型の村人のみだ。