第3話

02.自己紹介


 ***

 ――次はアルニマ村を中継地にして、最終的にナミノ港町へ行く。
 アルニマ村へ向かう道中にて、イアン・ベネットは今後の予定を軽く脳内で確認していた。結局シルベリア王国は通らず、帝国内を旅する事になってしまったが仕方ない。

「なあ、後どのくらいでアルニマ村って所には着くんだ?」
「およそ1時間ですね。何ですか、体力には自信があると言っておきながら、もう疲れたのですか?」
「ち、違う!歩くのに飽き飽きしてただけだ」

 地団駄を踏んで違う事をアピールしてくるジャック。それだけ動ける元気があるのならば、まだまだ体力は底を突かないだろう。
 なあ、と遠慮がちな声を上げたのはリカルデ・レッチェだ。彼女は何やらとても神妙そうな顔をしている。

「今更だとは思うが、ブルーノも加わった事だし、『ちゃんとした』自己紹介をしないか?とは言っても、私とイアン殿は大した隠し事があるわけではないから、ジャックが嫌がるのなら止めるが」
「おう、そりゃ助かるな。つっても、俺も秘密を抱えてる側だけど」

 カラカラと笑うブルーノの視線はジャックへ向けられている。問題の種である当本人は何故か小首を傾げていた。ホムンクルスという特大の地雷を抱えている事を忘れているのだろうか。

 そんな彼の行動を肯定と捉えたブルーノが勝手に口を開く。全くまとまりのない連中だ。

「おう、じゃあまずは新入りの俺からな!ブルーノ・エウディアーだ。こう見えて《旧き者》だからまあ、頑丈だしいつでも頼ってくれて構わないぜ!」
「成る程、変わった姓ですね。ところで、《ラストリゾート》は?」
「……おう、今時の人間って俺等の事を何でも知ってんだな」

 《ラストリゾート》の情報を知っているのは大尉以上なので誰でも知っている訳では無いが訂正するのも面倒だったので聞き流した。
 しかし、リカルデがその言葉について訊ねてくる。

「イアン殿、《ラストリゾート》とは?」
「私もよくは知らないのですが、《旧き者》が持つ個人武器、専用武器のようなものです。物によっては一撃で街をも吹き飛ばすとか……しかし、一節によると使用条件があったり使用制限があるそうですね」

 そうだな、とブルーノが頷く。そこには素直な人間への関心が見て取れた。

「それで大体あってる。だから俺は――俺達は《ラストリゾート》を延々とブッパする事は出来ないし、何より切り札。または『最終手段』だからな。使わないのならその方が良いって事よ。あんまり他人の《ラストリゾート》をペラペラ話すのはマナー違反だから言わねぇが、コスパ悪過ぎて使ったら即ダウンしちまう奴とか、条件が厳しすぎて100年に1度くらいしか使う機会が無い奴とかいるな。
 ――あー、そんな事より、誰からその情報は聞いた?」

 明らかに情報の出所を気にしているブルーノを前に、イアンは肩を竦める。以前は確かに特別役職である顧問魔道士の座にいたが、あまり上の人間と会話をする機会など無かった。情報は主に口伝でチェスターやゲーアハルトから降りて来るものだからだ。

「情報の出所は分かりませんが、正確無比な情報が伝達されているあたり、帝国の上層部にはいるのかもしれませんね。ブルーノさん、貴方の同胞とやらが」
「ああ、そう考えるのが自然だろうな。脅されてる、って線も無くは無いが」

 声をグッと低くしたブルーノに対し笑みが溢れる。彼の役目は情報収集らしいが、それは恐らく半分嘘だろう。彼の本当の目的は、「人間が治める帝国の上層部にいるかもしれない同胞を狩る」事に違い無い。本来、尊き孤高の存在たる《旧き者》は他種族に関わる事を由としないのだ。

 ――面白くなってきた。
 バルバラも殺意を以て向かって来る事は間違い無いし、ナミノ港町までに状況が動かなければブルーノと旅をしてもいい。というか、現段階においてはその方が愉しそうだ。

「何だか盛り上がっているようだが、次へ行こう。私はリカルデ・レッチェ。元帝国の騎士兵だ。改めて宜しく頼むよ、ブルーノ」
「お、ご丁寧にどうも。騎士兵が裏切ったって話は珍しいな」
「ああ。私の求める騎士像と、帝国が求める騎士像が乖離してしまってね。耐えられなくなったんだ」
「だろうな。お前、マトモそうだし」

 そう宣ったブルーノの視線が刺さる。これではまるで、異常者だと言われているようではないか。失敬な。

 ――そういえば、ホムンクルスはどうなったのだろうか。
 ちら、と彼の様子を伺えば、ジャックは完全に硬直していた。今更ながら『本当の』自己紹介なぞした際にダメージが一番大きいのは自分だと気付いたらしい。実に人間らしい困惑の表情を浮かべている。

 加虐的な気持ちがむくむくと頭をもたげる。唇が笑みの形に歪むのを自覚しつつ、ジャックへ声を掛けた。

「ジャック?どうかされたのですか?」
「あんた、本当に性根が歪んでるな……!あんた等には言うまでもないだろうが、俺はホムンクルスだよ!唯一の成功例のな!」

 半ばやけくそ気味にそう言ったジャックに対し、ブルーノの反応は少しばかりズレたものだった。
 というより、見た目以上に老獪な大人の対処だったと言えるだろう。着眼点がまず違う。

「成る程ね。だからお前、しつこく帝国に追われてんのか。そりゃそうだわ、だって唯一無二の成功例なんかに逃げ出されたら大惨事だからな。ま、俺達《旧き者》は生命に対する差別はしねぇ。よろしくな」
「あ、ああ……。よろしく。何だよ、不気味に思ったりしないのかよ」
「あー、人の感情をちゃんと持ったホムンクルスが量産されてる、ってんなら俺達も首を突っ込むんだがな。人間が生み出した奇跡に対していちいち突っ掛かったりはしねぇよ。何せ、世界は広い。何が起きたって不思議じゃないのさ」

 それは即ち、裏を返せば「ジャックの存在が奇跡ではなくなれば」手を出すという事だ。彼のゴツイ外見とは裏腹の、繊細な言葉の選び方には舌を巻く。ヘイトを溜めそうな外見からヘイトを全く溜めない発言。実に素晴らしい。

 それで、とブルーノ――果てはリカルデやジャックの視線までもがイアンに集中する。はあ、とジャックが盛大な溜息を吐いた。

「さあ、ラスボスのターンだな……。あんたの発言如何によっては俺かリカルデが途中で止めるから」