第2話

14.新しい仲間


「――で?結局、国を裏切ったから追われてんのか?」

 話題を切り替えるようにブルーノが訊ねた。誰も何も答えないが、沈黙は雄弁な肯定の意を語っている。

「今更、否定はしません。それで、それを知った貴方はどうするのですか?」

 返り血がべったりこびり付いたローブを脱ぎ、小脇に抱えたイアンが愉快そうに訊ねる。あれだけ暴れておいて、まだ戦意が衰えていないのが見て取れた。凄まじい体力と精神力だ。

 そんな人間の様子を目の当たりにした《旧き者》は困ったと言わんばかりに肩を竦めてみせる。

「あー、何かやる気満々の所悪いが、お前等……俺を仲間に入れる気は無いか?」
「何!?正気か!?」

 リカルデが驚いたように叫ぶ。彼女の反応は予想通りだったのか、ブルーノは自嘲めいた笑みを浮かべた。

「おう、正気だぜ。俺は帝国の情報を集めてる。さっきからお前等の会話を聞いていたが、ジャック、お前を捕まえるまで延々と帝国はお前等を追うんだろ?つーことはアレだ、俺は自分の足で帝国の動向を追わなくても、お前等といれば勝手に情報が入って来るって事じゃねーか」
「その安易な考え方には哀れみすら覚えます。貴方、本当に長い時を生きる伝承種族なのですか?」
「うるせーな、俺はそういう細々した作業は苦手なんだよ。ブン殴って情報を吐かせるのはまあ、得意だろうが」

 ――激しく人選ミスではないだろうか。
 何故、こうも情報収集に向かないある種短気な男を抜擢したのか。もっと他に上手くやれそうな奴はいなかったのか。様々な疑問が脳裏を過ぎっては消えて行く。

 いやしかし、ブルーノの目的はさておき、男性が仲間に増えるのは素直に歓迎したい。これで自分だけ村や街へ行くたびに孤立する事はなくなる。
 考えてみれば良い事ばかりではないか。ブルーノは人外で戦闘もこなせるのは把握済みだし、居てくれて悪い事なぞほぼ無い。よし、このままブルーノを援護して仲間に入れてしまおう。

 疑り深い顔をブルーノへ向けているイアンを籠絡すべく口を開く。リカルデはあの性格だし、今更人が増えようと異を唱える事は無いだろう。問題は意見の圧が強すぎる魔道士だ。彼女がイエスと言わない限り、ブルーノの同行は恐らく許されない。

「そんなに言うのなら、一緒に連れて行っていいんじゃないのか。ブルーノ、俺達は当然帝国に捕まりたくはない。あんたがそれに協力してくれるのなら話は早いんだが」
「お?ジャック、話が分かるじゃねぇか。そうだよ、俺を用心棒代わりに連れてていいんだぜ」

 何故そんなに浮かれているのか分かりませんが、とイアンが皮肉そうな表情でこちらを見る。ブルーノではなく、ジャックをだ。

「彼の目的は帝国の情報集め。貴方達の目的は帝国からの逃げ切りです。つまり、手を組めるのは精々、大陸を出るまでという事になりますよ。具体的にどの程度の期間を一緒に旅するのかと言うと、ナミノ港町へ到着するまでという事になります」
「あ?案外近場だな」
「そうです。勿論、私は帝国から逃げ果せるのが目標ではありませんから場合によっては残りますが……」

 ちょっと待て、とリカルデが慌てたようにイアンの言葉を遮る。

「イアン殿は我々と大陸を出ないと?」
「検討中です。言うまでも無く、ドミニク大尉を殺害しましたので私はバルバラ少佐に目を着けられる事でしょう――そんな愉しい事を、見逃せと?冗談ではありませんね。今からもっともっと愉しくなると言うのに、それを放棄するだなんて」
「歪んでいるよ、貴方……。それに、バルバラ少佐は事、ドミニク大尉に関しては――」
「ですから。だから、良いのでしょう?ともかく、私達の価値観の違いを問答している場合ではありませんね。話を進めましょうか」

 契約内容をまとめるぞ、とブルーノが口を挟む。女性2人の睨み合い――否、カエルとヘビによる圧倒的な優劣状況は終わりを告げた。

「ま、ナミノまでは俺も同行するわ。どうせ道中でまた追っ手に絡まれるだろうからな!それに、見た所イアン、お前はちょっと人間の中では強さが規格外だ。お前の討伐を想定した装備品の中に、何か新しい情報があるかもしれねえ。何せ、帝国は武器研究もやってんだろ?」
「そうですね」
「なら、俺はナミノまでお前等と旅をして、そっからはまた身の振り方を考えるぜ。それに、都合良く大陸を出る船が運航しているとも限らねぇしな!」

 ブルーノはあくまで着いてくる気満々のようだ。まだ考える素振りを見せているイアンに追い打ちを掛ける。

「本人がこう言ってるんだ。別に同行させて害は無いんじゃないのか」
「……ジャック、貴方やけに彼の肩を持ちますね。まあ良いでしょう。利もなく害もなく。お好きになさってください。このような、どっちに転んでも変化のないやり取りは好ましくありませんし」

 よろしくブルーノ、と切り替えが早いリカルデが彼の人外に握手を求める。気さくに「おう」、と答えたブルーノを見て、ジャックはガッツポーズをとった。
 そう、3人という数字は軋轢しか生まなかったのだ。これで2対2に別れ、寂しい思いをする誰かはいなくなる事だろう。やはり偶数こそ至高。

 ご満悦な顔でうんうん、と頷くジャックを怪訝そうな――全裸の変質者でも見る様な冷たい目でイアンが見ていた事には当然気付かなかった。