第10話

14.魔力回路


 だが、結果的に言えばイアンの見通しは――完全に口からの出任せ、確証など何も無かったが――当たりだったと言えた。

 戦闘を再開したイーデンの撃ち出した魔法が、不意にその力を失う。まるで虚像であったかのように、唐突に力を失った彼は少しばかり目を見開いた。

「何……?」
「魔力貯蔵庫でもあったのでしょう? これだけ長命種が揃っているのです、誰か手の空いた方が何かをどうにかしてくれる可能性は大いにありました。ところで、随分とお疲れのようですね。お父様?」
「……」

 実の娘の悪い顔を見た父は渋い顔をする。イアンの恍惚とした表情は酷く久しぶりに拝んだ気もするが、彼女は実父に対して一切の容赦が無かった。
 動きを停止したイーデンに対し、全く遠慮無く魔法を撃ち込む。それも、先程から同時進行でずっと編み続けていた大規模魔法。派手な爆発が大地を揺るがした。

「お、おい、やり過ぎじゃないか?」
「やり過ぎなどという言葉はありません。相手は《旧き者》ですよ。これくらいやったところで、多少ダメージを受ける程度です」
「ええ?」

 見た目が人間なのでその話はまるで信用ならなかったが、化け物イアンがそう言うと謎の説得力がある。彼女も彼女で人知を越えた存在だからだ。

 しかし、他でもないその怪物が巻き上げた砂煙により、イーデンの存在が確認出来ない。流石にはしゃぎすぎではないだろうか。急に不意討ちでもされたら対応しかねる。

「――あ……」

 ややあって、風が視界をクリアにする。そこには、片膝を突いて屈み込む王族の姿があった。よくも今の魔法連打で原型を留めていたものだが、それでもイアンの言う通り無傷とは行かなかったらしい。
 どうする、これから。心中の問いに当然ながら答えは無い。ジャックは手に持った、この親子を殺害する事が可能なダガーを握り締める。

 不意に、イアンが数歩、イーデンの元へと歩み寄った。そして全く唐突に訊ねる。

「分かりませんね。何故、こんな馬鹿げた都まで造って、母を取り戻そうとしたのでしょうか。今現在における結果としてその作戦は失敗に終わりましたし、私達を退けたところで故郷の方々に事は筒抜け。上手く行くはずもありませんでした」
「イアン、お前には――」
「お母様だけでなく、私もいたのに」

 娘の一言で全てを理解した父はばつが悪そうな顔をして、その口を閉ざした。ややあって、苦笑する。

「お前は、アイリスがいなくなってから冷たい子供に成長したが……。私や、或いはルーファスとの関係性を絶った後は優しい娘に育ったらしい」
「はい?」
「少しだけ母親に性格が似て来たな。血の繋がりか。母がいない環境で育ったが為に、残忍な子になったのかと思っていたが……どうやら、悪かったのは私の教育だったらしい」

 イアンの小さな小さな返事はしかし、俄に背後が騒がしくなった事によって何と言ったかまでは聞き取れなかった。

「イーデン!!」

 嫌な沈黙を埋めるようなタイミングで、焦りを含んだ聞き覚えのある声が耳朶を打つ。誰なのかは分かっていたが、ジャックは声がした方を見やった。
 ――ルーファスだ。しかも彼は、愉快なブルーノ達を引き連れている。逃げて来た、というのが正しいだろう。

 目を細めたイーデンは自嘲めいた笑みを漏らす。

「魔力回路が絶たれ、立ち回りが出来なくなったか。やはり、賢者と言えど魔力が無ければただの《旧き者》でしかないな」
「あんた、落ち着いてる場合じゃないだろ」
「焦ったところで事態は変わらない。お前も、イアンと共に歩むのなら余裕を身に付けるべきだ」

 父親の正論に言葉をなくす。しかし、確かにイアンと旅をするようになってから、多少の事では驚かなくなった。心が死んだとも言える。

 リカルデの姿のみが見当たらないが、意図せず合流したブルーノとチェスターは渋い顔をしていた。ここまで深追いするつもりはあまりなかったのかもしれない。ブルーノが訊ねる。

「これはどういう状況だ……?」
「見ての通りだ、ブルーノ。誰か――多分、リカルデが魔力回路を探してくれたお陰か、我等がイアン嬢が何とかしてくれた」
「親子喧嘩はイアンの勝ちって事か」
「まあ、そうなるだろう、な……」

 困った顔をしたルーファスが不意に親友であるイーデンに声を掛けた。

「それで、僕達はどうする?」
「どうするも何も無いな。降伏、という事になる」
「だよねえ」

 ――こっちもこっちで落ち着いているな。
 しかし彼等に慌てるという言葉は似合わないだろう。無理矢理そう言い聞かせ、イアンを見やる。結局の所、彼等と深い関わりがあるのは彼女だ。