第10話

15.エピローグ


 嫌な沈黙。チェスターは我関せずを貫き、ブルーノは年功序列の問題で滅多な発言は出来ない。ジャック自身は口を挟める身分では無いので固くその口を閉ざしている。
 であれば、現状を打破出来るのはイアンもしくはイーデンのどちらか。
 先に動くのはどちらなのか。黙って観察していると、イーデンが意外にも先に口を開いた。進まない展開に嫌気が差したのかもしれないし、イアンの心中を察して先手を打ったのかもしれない。

 麗人であるイーデンは両手を挙げるポーズを取ると、淡々と結論を口にした。

「見ての通りだ。私の処遇は、お前達に任せ――」
「逃げないのかい、イーデン。一応、イアンさえ追って来なければ逃げ出すだけの魔力は残っているけれど」
「見苦しく足掻くのもみっともないな。敗北は甘んじて受入れるべきだ」

 ルーファスの提案に緊張が走る。

「敗北は良いけれど、別に故郷へ連れ戻される謂われは無いんじゃないかい? 好きに生きればいいさ。イアン嬢も逞しく育った事だし。何も、今回の計画だけが人生の全てではないだろう?」
「……逃亡したいのなら、私の事など構う必要は無いぞ」
「やあやあ、親友。そう冷たい事を言わないでおくれよ」

 ルーファスの言葉に、イーデンの瞳が僅かに揺れる。それまで失われていた光のようなものが、微かに蘇ったのを誰もが見た事だろう。
 慌てたブルーノが、最早窺うのではなく決定事項を口にする。

「取り押さえるぞ!」

 その言葉にイアンの指先がピクリと動き――動いて、そして、それだけだった。相手は2人。捕縛を試みるのなら、最低2人の人員は必要だったのに、彼女は最後の最後まで動かなかったのだ。
 種族間抗争を憂いているチェスターは当然目を細めてイーデン達が目の前から掻き消えるのを見送った。ジャックもまた同じく。どう動けば良いのか分からなかったのだ。

「――行っちゃったな。良かったのか、イアン。あっちに付いていくって手もあっただろ?」

 不意にそう思ったので残された一人娘にそう声を掛ける。こちらを向いたイアンが、僅かに目を細めた。彼女にしては珍しく、毒の無い綺麗な笑みに一瞬だけ意識が持って行かれる。

「何を馬鹿な。私が父に付いていけば、私と命を共有している貴方も道連れですよ。それに、友人同士の慰安旅行に興味などありません」
「……そうか、そうだったな」

 ちら、と落胆しているブルーノを見やる。彼に対し、チェスターは腕を組んで首を横に振っていた。

「追いかけるつもりならば、止めておけ。返り討ちに遭うぞ。ブルーノ」
「そうなんだよなあ。……まあ、俺の手には余るか。故郷に報告して仕事完了だろ、こんなの」

 おーい、と涼やかな女性の声が響く。声がした方を見やると、少しだけぼろっと埃を被ったリカルデが元気そうに手を振っていた。

「見てくれ、結界が消えたぞ!」
「それは随分前の話だぞ、貴様。しかしまあ、その功労は認めてやらんでもない」
「ど、どうしたんだチェスター殿。頭でもぶつけたのか?」

 ――取り敢えず、帝国を取り巻く逃亡劇は終わりって事になるのか。
 和気藹々と会話する旅の仲間達を見て、ジャックは静かに目を閉じた。これまで色々あったが、なかなかにスリリングで他には無い体験をしてきたと、思い返すように。

 ***

「――で、全員が目的を達成した訳だが。これからお前達はどうする?」

 話が一段落し、ブルーノが不意に今居るメンバーにそう尋ねた。そう。既に帝国は壊滅状態だ。今更脱走兵として逃げる意味もあまり無いし、チェスターも旅が終われば行動を共にする意味がなくなる。ブルーノに至っては仕事終了。
 そんな彼の問いに一番に応じたのはリカルデだった。

「私はこれから、帝国の復興を手伝う事にしよう。恐らく一筋縄ではいかないだろうが……それでも、私の故郷だ。見捨てる事は出来ないよ」
「おや、そうですか。そういえば貴方、愛国心を持っているのでしたね」
「ああ。今度こそ、良い国にしてみせるさ。そういう訳で、里帰りしようとしているアルバンを捕まえて来なければ」

 息巻くリカルデとは裏腹に、少し疲れた表情のブルーノは遠くを見つめている。

「俺は一旦、故郷に戻って仕事の結果報告になるな。今回の件はきっちりロードにお伝えしねぇと。チェスター、お前はどうするんだ?」
「しれたこと。ヴァレンディアの我が屋敷に戻るまでだ。全く、無駄な十数年を過ごしたものだな。まあ、お前達が魔道国に来るような事があれば、部屋程度なら貸してやろう」

 ――えらく寛容だな……。
 最初は恐ろしい吸血鬼というイメージだったチェスターだが、意外にも良いおじさんなのかもしれない。

 そうなると必然的に行き先の決まっていない自分と、イアンへ視線が集まる。一応生命を共有している事になるので、イアンの決定は即ち自分の決定となるのだが、それを忘れているかのように彼女はあっけらかんと次の目的を口にした。

「大陸から出て、コゼットへ向かいます」
「当然のように行き先が決まってるようだが、俺も当然付いていく事になるんだよな?」
「当たり前でしょう。私が目を離した隙に、どこぞで野垂れ死にされては困ります」

 コゼットは良い選択だな、とブルーノが手を打つ。

「あそこにゃ、錬金術の母――メイヴィス・イルドレシアがいる。まあ、まだコゼットに居るのかは知らんが」
「彼女は不可抗力で不老不死となってしまっているので、コゼットに変わらず滞在しているでしょう。そこで、私の《ラストリゾート》に変わるジャックの生命維持装置を発明して貰わなければなりません」
「成る程な。俺の為って訳か……ありがとさん」
「いえ。重要な問題ですので」

 じゃあ、とリカルデが眩しい笑顔を浮かべる。故郷に巣くっていた悪性腫瘍を除去出来て晴れやかな気分なのだろう。

「また会う日まで。私の寿命は短いが、また帝都にも来てくれ。驚異的な速度で復興させてみせるさ!」
「案外すぐに戻って来るかもしれませんので、私が泊まる宿の手配、お願いします」
「じゃあな、リカルデ。また会った時は俺ともよろしくしてくれよ」

 短く別れの挨拶を交わすと、皆が皆、散り散りの方向へ去って行く。元々全く違う目的を持って集まったのだから当然だ。
 意外にもまだ縁が繋がっているイアンを見やる。

「どうしました、ジャック?」
「いや、コゼットってどんな所かと思って」
「愉快な場所と人で溢れていますよ。貴方もきっと気に入るはずです。楽しみですね」

 そう言って、やはりイアンは屈託無い笑みを浮かべた。
 彼女の様子を見ていると、少しばかり前向きになれる――気がする。

「そうだな、楽しみにしてるよ。俺も」