第10話

13.親子のやり取り


「――……ん?」

 不意に強烈な視線を感じてリカルデは顔を上げた。少し離れた所に人影が見える。それが誰であるのか思考している内に、見知った顔である事に気付いた。

「まだ居たのか、アルバン」

 先程別れたばかりの後輩、アルバンだ。まさか襲撃しに来たのか。無いとは思うし、そういう様子では無かったはずだが。眉根を寄せつつ、剣の柄に手を掛ける。
 臨戦態勢に入られたと分かったのか、後輩は降参するように仰々しく両手を挙げた。首を横に振り、争う気は無いと言わんばかりの態度だ。

「自宅に忘れ物を取りに行っていたんです。帝都から出るにしても、身一つじゃどうしようもないでしょ」
「まあ、それもそうか。だが残念だったな。ここはルーファスの結界内だ、外には出られないぞ」
「ええ。そうらしいですね。あの人外共、さっきまで協力していたはずの人間がどうなろうと関係無いみたいです。それで? お仲間はどうしたんです」
「いやそれが――」

 有力な情報を持っているかもしれない。リカルデはアルバンに事の次第を説明した。自分が抜けた後も帝都に居たのだろうし、何か魔力タンクについて覚えがあるかもしれない。
 その予想は大当たりだった。話を聞いたアルバンは顔をしかめている。

「ああ、それらしいものは見ましたよ。下っ端には何なのかも報せず、見張っていろとだけ言われた場所が確かにあります」
「それはどこにあるのだろうか?」
「都市伝説で有名だった地下施設が実在しています。ですので、要は地下って事ですよ。やっぱり地面の下に施設は作った方が目立ちませんもんね」
「本当にあったのか、地下施設……」
「良ければ案内しますよ。出られないんでしょう、そうしないと」
「話が早くて助かる」

 何故か自嘲めいた笑みを溢したアルバンは来た道を戻り始めた。その背中を追う。しかし、不意に後輩はその足を止めた。

「ああそうだ、多分、地下施設前には大勢の見張りがいますよ」
「突破するしか……無いだろうな」
「ノープランって事ですね。まあいいでしょう、行きますか。どうせ大した戦力の兵士じゃありませんよ」

 どうやら危険地帯と分かっていながらアルバンは着いてきてくれるらしい。彼がいれば、一部の兵士を説得する事が出来るかもしれない。居てくれるに越したことはないだろう。

 ***

「俺に……どうしろって言うんだ……」

 イアンとイーデン、苛烈過ぎる親子喧嘩を前にジャックは呆然とその場に立ち尽くしていた。というのも、イアンから伝承種を殺す為のダガーについて説明を受けたはいいが、両者の移動速度が異常過ぎて割って入れない。
 特にイーデンの周囲はイアンが発生させた魔法が雨霰の状態だ。生身で近付けば粉微塵にされるのは容易に判断出来る。

 しかし、如何に同じ血が流れていようと、イアンの体内に流れる血の半分は人間のそれだ。目に見えて体力量が少ない。動き回っている父親は息切れ一つ起こしていないのに、娘の方は少しだけ息が上がって来ている。

 ――苦戦してるな。
 幸いな事にジャックもまた《ラストリゾート》を分離させられていないので、イーデンの追撃は温い。たまに牽制の意を込めた魔法の流れ弾が飛んで来る事はあるものの、躱せないような攻撃では無いのだ。

「にしても元気過ぎないか?」

 呟きに答えてくれる者はいない。他の面子はルーファスに捕まったままだからだ。

「――トリックがありそうですね」
「うおっ!?」

 いつの間にか隣に立っていたイアンが少しばかり疲れた声音でそう言った。強者の余裕なのか、イーデンは不用意に距離を詰める事無く、淡々とこちらを見つめている。その表情からは何の感情も伺えない。
 その得体の知れない何かを見ながら、イアンの言葉を脳内で反芻する。トリック、トリックか。

 思考を遮るように、イアンの父上殿は言葉を紡ぐ。幼い子供に、或いは幼稚な思考を咎めるかのような響きを以て。

「諦めろ、イアン。これ以上やっても、お前が消耗するだけだ。ホムンクルスにリソースを割いている以上、その皺寄せはお前の魔力量に直結する」
「……貴方のほぼ無限に湧き出る魔力について考えていました。これだけ泥仕合になっているのだから、リカルデさん達の所も恐らくは同じような事態に陥っている事でしょう」
「それで?」
「あちらの方が人数は多い。時間を稼ぐ事で、現状を打開してくれる――可能性があります」

 ふふ、とイーデンが文字通り失笑する。

「たまには愉快な事を言うな、イアン。我が子ながら少しばかりユニークな性格に成長してしまったようだ。他人を頼るなど、私とやり合う現状以上に無駄な行為だぞ」
「別にそんな事無いだろ。向こうにはブルーノとチェスターもいる。誰かが何か、そのトリックってやつを見つけたっておかしくない」

 一緒に旅してきた仲間を馬鹿にされるのも引っ掛かりを覚えるので、一応の反論を試みる。しかし、彼は子供の世迷い言を聞いてあげている大人のような眼差しを向けて来ただけだった。