第10話

12.リカルデの探し物


 ややあって、イーデンが口を開く。それは淡々としていて、とてもではないがこの緊迫した状況に似合わない落ち着きを払った声音だ。

「――ともあれ、その人工物に《ラストリゾート》を預けておく訳にも行かないだろう。処置の方法はある。それを寄越せ」
「人を物呼ばわりするな!」

 それだとかあれだとか、イーデンの言葉に悪意の欠片は無い。相手を挑発し、煽る為の言葉では無く純然たる事実として言葉を放っている証だ。それが逆に恐ろしい。彼は本当にジャックという存在を人工の動く人形程度にしか思っていない。
 ちら、とこちらを一瞥した宰相殿は少しばかり呆れたように首を横に振る。

「イアン。それを貸せ」

 固唾を呑んでイアンを見守る。現状、彼女がその首を縦に振ればそれで人生そのものが終わる。何せ《旧き者》2人を同時に敵に回す事となるのだから。

 こちらに視線を投げかけてくるイアンの、いやに落ち着いた視線を受け止める。それにどういった意味があったかは分からない。ただ、思い出したのはいつかの戦闘時、彼女と同じように目が合った事だけだ。
 思考が別の事実に流されている間に、彼女は腹を決めたようだった。

「――お父様。私にも貴方がただの人間であった母を愛したように、感情というものが存在します。貴方にとってはガラクタかもしれませんが、おいそれとジャックを引き渡す事など出来ません」

 やんわりとした拒否の言葉に、イーデンが麗しい双眸を細める。怒っている訳では無い。ただただ、理解出来ないと言わんばかりの表情。

「それは自衛のための錯覚だ。イアン、お前の一部である、《ラストリゾート》が見せた本能に過ぎない」
「それならばそれで構いません。誰が何と言おうと、抱いている感情は本物。私以外の誰かにそれを覆す力はありません」

 溜息を吐いたイーデンが、緩く構える。言葉で何を言っても無駄か、とそう言わんばかりの表情。殺意などは特に伺えず、ただただ呆れているような空気感。

「何か悪いな、イアン」
「はい? 何ですか、急に」
「いや、俺のせいで親子関係に亀裂が……」
「我々はそれぞれ違う存在ですから。価値観が合わない事だってありますし、60年前に戻すと言ったら私、まだ生まれてすらいませんよ。間接的に消されそうになっている訳ですね」
「た、確かに!」

 どこまで時間を戻すつもりなのかは具体的に聞いていないが、そこまで巻き戻せば、最悪イアンでは無い別の誰かが彼等の子となっている可能性だってある。
 バタフライエフェクト、面白い話だと言って研究施設の室長様が一度だけ語ったのを覚えているから、過去に投げた石が先でどのような変化をもたらすのかなど、それこそ予想も付かない。

 それより、と難しい顔をしたイアンは呟く。

「装備は例のメイヴィスの遺物を。その武器はどうやら伝承種に有効な武器のようですし、それであればイーデンを刺し殺せます。勿論、私も」
「物騒な事を言うなよな」

 顔を上げ、標的を見据える。
 いつの間にか、細身でありながらも豪奢な刀身を持つロングソードを装備していた。今更ただの武器を手に持つ事など考えられないので、恐らくそれこそがイーデンの《ラストリゾート》なのだろう。

 ***

 同時期、リカルデは結界の範囲内を早足で散策していた。とてもではないが、張れる結界の範囲が広すぎる。歩いても歩いても端に辿り着かない。そして、外に弾き出されたと思われるイアンとジャックの姿もやはり無い。

 ――それにしても、魔力の貯蔵……タンクか。この魔力だ、相当広い場所でなければ、十分な魔力は貯めておけないはず。であれば……。
 思い付く場所が2カ所ある。
 1つは帝都の王城。屋根のある場所で最も広い建物だ。この中であれば、魔力の貯蔵も十分に出来るだろう。
 そしてもう1つは、噂程度の地下施設。これは最早、都市伝説のようなもので実際に存在するのかは眉唾物である。

 ――ならば、城にあるのか? いやしかし、帝都が機能停止してそう時間は経っていないはずだ。長い時間で貯めたものであれば、最近自由に使えるようになった王城に貯めておくのは不可能。
 場所を取りそうだし、それを帝都の者が許すはずもない。如何に宰相殿と言えど、王城をタンクとして使う事は出来ないはずだ。