第10話

11.答え合わせ


 ***

 歩き続けで数十分。ジャックは力の象徴である帝都の前にまで到達していた。
 しかし、恐らく美しくも力強い建築物の中へ入る事は無いだろう。何せ、眼前にはいやに堂々と立ち塞がる人影が一つ、ぽつんと鎮座している。
 近付くにつれ、人影が視認出来るようになった。
 あまりの美貌に一瞬だけ思考が止まる。それはルイスとそっくりな顔をした男性だった。ルイスもその人物も中性的なのだが、彼は少しだけ中性的さが強い気がする。とはいえ、整い過ぎている顔立ちは結局のところ全て同じに見えるのだから不思議だ。

 あまりにラフな姿をしているので断定は出来ないが、きっと彼こそがイーデン宰相に違いない。そう気付いて彼をまじまじと観察すると、どことなくイアンに彼の面影があるようで頭を振った。

 ゆるり、とイアンが宰相殿にその視線をぶつける。1枚の絵のような光景に、ジャックは息を潜めた。

「お久しぶりです、お父様」
「ああ。元気のようで何よりだ」

 互いの言葉に嫌味はまるでない。ただし、暖かみも無い。他人同士のような挨拶に胃がキリキリと痛む。自分に家族など居た事は無いが、恐らく暖かな家庭はこんな挨拶の仕方などしないだろう。
 イーデンは感動の再会もそこそこに、事務的に口を開いた。

「全てを理解してはいると思うが、聞きたい事があるのならば、今のうちだ」

 ちら、とイアンを見やる。彼女は薄く笑みを浮かべていた。

「帝都の巨大な術式は、私が発動させる為のものですね?」

 その言葉で思い出したのは帝都の上空から見えた、巨大な術式だ。建物の配置そのものが、巨大な術式を描く為の配置となった都。
 娘の問い掛けに、父親は鷹揚に頷いた。

「当然だな」
「あのような術式、私の《ラストリゾート》を使ったとしても、タダでは済みません。出来れば使用は避けたいですね。何故か、私が術式を起動させると思っていらっしゃるようですが」
「127号の身を案じているのか? 確かに術式を起動させるとなると、《ラストリゾート》をそれに預けておく訳にはいかないだろう」
「……何をする為の術式なのか、お伺いしましょうか」

 ややイアンの顔が険しくなった。今まさに命の危険に晒されているジャックは固唾を呑んでその光景を見守る。
 イーデンがややその整った形の目を伏せた。

「――あれは。時を巻き戻す為の術式だ」
「巻き戻す? 過去にでも戻りたいのですか。何故?」
「お前は母がいる世界に戻りたくは無いのか?」
「……人間とはいつか死ぬものですよ」

 ここで始めてイアンが物事を理解し得ない、という表情を浮かべた。対し、娘の心ない言葉に父は自嘲するような笑みを浮かべる。

「お前は、誰に似てそのような性格になったのかな。ああ、私か?」
「さあ、どうでしょうか。それに貴方が家を留守にしている間、私は長い時を母と過ごしました。今更、未練などありませんよ。それに、母が存命していたのなんてもう60年も前の話です。その時を遡るなど……正気とは思えませんね」

 変な沈黙が満ちたのを良い事に、ジャックは口を挟んだ。というのも、どうしても気になる事があったからだ。

「なあ、結局ルーファスは何であんたに協力しているんだ? 友達だからか?」
「そうだろうな。彼に私を手助けするメリットは無い。であれば、これが友情と言うものなのだろう」
「淡々としてるな……」

 遠慮する事も無くそう言ってのけたイーデンの方からは、ルーファスへの友情は欠片も感じられない。友達とは一体何なのだろうか。

「分からない事がまだ沢山ありますね。私を帝国に置いたのは何故でしょうか? そもそも、私の記憶が失われていたのは何故?」
「それは一種の手違いだな。そもそも、15年前の時点でこの計画は終わっていたはずだった。誰が嗅ぎつけて来たのかは知らないが、組上げた術式を発動させる直前に――そう、父が現れなければ」

 イーデンの父親であるのならば、彼もまた《旧き者》にとってのロードという事になる。ではルイスが現在、放浪させられているのもイアンの件に繋がるのか。

「では私はその時に何らかのトラブルに巻き込まれた、そういう事ですね。その辺の記憶は未だに曖昧ですが」

 沈黙は肯定の意。何よりも雄弁に肯定を物語ったイーデンは無言だった。