第10話

08.トラブルはいつも突然


 それに、バルバラの通常攻撃が弾かれる。出来た隙を逃さず、生成していた魔法を解放した。それは頭上から地面に突き刺さる氷の槍と化す。

「――虫ピンって……そういう事かよ……!!」

 ジャックのドン引きした声が真横で聞こえた。それは、生まれた好機を逃すまいとバルバラへ駆けて行った為に一瞬にして遠くから聞こえるようになる。

 バルバラの肩口から縦に降り注ぎ、地面に縫い付けた槍は氷で出来ているのだ。血液と人体に触れて溶け出した水がポタポタと地面に嫌な色の染みを作っていく。その情景を脳裏に刻みつける。
 壊れたブリキの玩具みたいな動きをしていたバルバラの喉笛を、ジャックの曰く付きナイフが撫でた。
 ただの人間であれば傷を付ける事が叶わない、伝承殺しの短剣は、人間であったはずの彼女に致命的な傷を付けた。

 色を失うかつての同僚をぼんやりと見つめる。いつも通り、特に何かを感じる事は無いのだが、それでも目を逸らす事が出来ないような。不思議な心持ちに包まれていると、渋い顔をしたジャックが戻って来る。
 戻るなり彼は吐き捨てるように言った。

「ああクソ、後味悪いな……。ハァ、1週間は引き摺るぜ。これ」
「そうですか。私は――まあ、3日で忘れるでしょうね」

 へえ、と少しだけ驚いたようにジャックは溜息を漏らす。

「それってつまり、3日は脳裏に焼き付いて離れないって事か」
「……どうなんでしょうね」

 密やかに会話をしていると、人間の兵士を相手にしていた他3名が戻って来た。

「不死か。思い付くのは人魚村だな」

 到着するなり考察モードに入ったチェスターが冷静にそう言った。彼は臆する事無くじろじろとバルバラを観察している。

「あー、まあ、人魚村にかつて人魚の肉があったのは事実だからな。半不老不死の連中からそういうのを摂取してたって線もある。何にせよ、俺は戻ったら人魚村についてお上に相談してみるぜ」

 そう事務的に言ってのけたブルーノの一言でひとまずの詮索が終了した。

 ***

 体勢を立て直すのに10分程の時間を有し、ようやく先へ進める。色々と事後処理が大変だったとだけ言っておこう。

「――で、今度はあまりにも誰にも会わないな……」

 見渡す限り無人の帝都を見て、ジャックはぼそっと呟いた。こんなにも立派な都だと言うのに、やはり誰も居ないようだ。どうなっているのだろうか。
 顎に手を当てたチェスターが淡々と自らの見解を述べる。彼は自分自身の頭脳で考察し、正しい答えに摺り合わせていく行程がお好みらしい。

「帝国は既にまともに機能していない。イーデンとチェスター……《旧き者》2人に国の中枢を掌握されているのであれば当然だがな」
「そういうもんなのか? もっとこう、国って大勢で運営するものだと思ってたが」
「ふん。優れた1人がいれば、どうとでもなる事もある。司令塔がいなければ、大人数の運営者を動かす事も出来んな」
「へえ。そういう感じか」

 難しかったのでよく分からなかった。分からない事が分かったので、それ以上の詮索をしなかったし、チェスターの方も詳しく説明してくれるつもりは毛頭無いようだ。

「じゃあ――」

 更に別の質問をぶつけようとした、その瞬間。
 ぐにゃりと視界が歪んだ。水の中から外の風景を見たような、歪な感覚に思わず言葉を止める。横に立っていたイアンが唸った。

「これは……分断、されましたね」
「えっ」

 いち早く正気を取り戻したイアンの言葉に押され、周囲を見回す。成る程確かに、ジャック自身とイアンの姿しか無かった。他の3人はどこへ?

「結界の一種です。必要な者を指定して、結界の中に取り込む――こんな馬鹿げた発想を思い付くのは、ルーファスくらいでしょう」
「いや、冷静に言ってるけど、俺等はブルーノ達と引き離されたって事だよな!?」
「見ての通りです」
「どうにかならなのか?」
「私達は現在、張られた結界の外に居ます。内側にはあのお三方が居るのでしょう。結界には必ず綻び――衝撃に弱い部分が存在します。そこを突けば、この大きな結界を切り崩す事も可能ですが……綻びを見つけるのには苦労しそうですね」
「魔法をどかーん、と撃って破壊出来ないのか?」
「出来ますよ。ただ、中に人が居ますので彼等がどうなるのかは分かりかねますが」
「却下で……」

 優美に考える動作を取ったイアンは、ややあって思考に飽きた事がありありと伺える答えを口にした。

「まあ、あちらは3人居る訳ですし、置いて行っても差ほど問題は無いかと。術者を叩くという手もありましたが、見当たらないので中に居るのでしょうね。であれば、結界内部のメンバーで処理出来る可能性があります」
「んな馬鹿な……。いやでも、止まってる訳にもいかない、か……?」