第10話

07.ジャックとの共闘


「――……っ!?」

 奇跡的にその動きを捉えていたので、緊急回避。急所を避けるように、大きく移動する。それでもリーチの長いレイピアの切っ先が二の腕を掠った。

「これは……何か良からぬ物でも口にしましたか?」

 何事も無かったかのように立ち上がったバルバラの姿を見て、眉根を寄せる。傷口から真っ赤な鮮血をボタボタと溢しながらもしっかりした足取り。人間であれば――否、人でなくとも致命傷に相違ない傷をその身に受けているはずなのに。
 状況が掴めない。掴めないが、もし不死という特性を得たのであれば。何度殺しても意味が無い事になり、最終的には体力を消耗してこちらの身が危険に晒される事となるだろう。

 ――バラして、埋めるしかないだろうか。
 どうすれば復活を阻止出来るのか。そう考えた時、死を与える事が出来ないのであれば身体の自由を奪う他無い。最も効率の良い方法は解体して地面にでも埋め、身動きが取れない状態に持ち込む事だ。
 服も汚れるし気は進まないが、ラストリゾート・レプリカの性能は決して無視できるものではない。自分はともかく、ジャックの方に当たれば一溜まりも無いだろう。

 怨嗟の唸り声を上げるバルバラを最早同情的な目で見つめながらも、イアンは片手に持ったマジック・アイテムを握り直した。ついでに、空いた手で術式も紡ぐ。

「イアン!」
「おや、どうしましたか?」

 ――と、不意にリカルデの加勢に行っていたジャックが戻って来た。その手に煌めくダガーを見た瞬間、そういえばその手もあったなと思い至る。
 伝承種族を殺害する為の武器。あれもまたメイヴィスの遺物だと思われるが、それであれば目の前のバルバラを破壊する事が可能かもしれない。というか、夜の吸血鬼にダメージを与えられるアイテムだ。そうでなければやはり面倒な方法を取りざるを得なくなる。

「丁度良かった、手を貸して下さい」
「お、おう。あんたに手伝いを言い渡されるのって新鮮だな」
「御託は良いです。私が彼女の動きを止めるので、隙を見て例の短剣でトドメを刺して下さい」
「遠くから見てたけど、何だろうな、あれ」
「……思い当たる事があるとすれば、人魚村ですが……。まあ、我々には関係の無い事です。無用な詮索はしないように致しましょう」

 獣のような怒号を吐き出したバルバラが飛び掛かって来た。ジャックを全く無視し、イアンへと。助かると言えば助かるが、あまりにも獣じみた振る舞いに困惑する。最初期の頃はもう少し理性的だった気がするのだが。

 そして、もう一つ思い至った事がある。
 彼女が本当に死なないのだとしたら、レプリカの全力放出が半永久的に可能となる事だ。つまり、今の彼女に体力切れという単語は存在しない。

 そこに気付いた瞬間、胴体の中心を狙って放つ予定だった魔法の狙いを急遽変更。不可視の刃を彼女の足へ向かって放った。

「――……避けない」

 前々の状態では絶対にあり得なかった事だが、バルバラはその刃を回避しなかった。回避させ、レプリカの範囲攻撃をジャックから離す目論見だったのだが。
 とはいえ、太腿部分を骨まで切り裂いた魔法はそのまま後ろにあった建物に刃物で切り付けたかのような、痛々しい跡を残した。バランスを失ったバルバラが前のめりに倒れ、勢いを殺せずに地面を滑っていく。

「えっ……、え!?」
「今はまだ近付かないで下さい」

 訪れたチャンスに困惑していたジャックを押し止める。すぐに立ち上がるはずだ、これは隙とは言えない。
 案の定、石畳を自身の血糊で真っ赤に染め上げたバルバラはすぐ何事も無かったかのように立ち上がる。鮮血が患部にべっとり付着しているが、その傷は跡形も無い。まるで返り血を一点にのみ浴びたような状態だ。

 思った以上に復帰が早い。盛大に解体してしまえば、ジャックの攻撃先を見失い、結局また復活するのを待つ事になる。

「おい、イアン。これはどうするんだ!?」
「そうですね……。虫の標本、というのはどうでしょうか」
「どうでしょうか!? どの辺についての疑問なんだよ、それは!」
「ようは傷を負わせるから復活するのです」

 言うが早いか、イアンは頭上に術式を形成し始めた。手際よく蜘蛛の巣のように広がるそれを見たバルバラが姿勢を低くする。本能的に魔法は撃たせてはいけないものである事を覚えているようだ。
 猛毒を孕むナイフを仕舞い、片手でローブを漁る。取り出したのは魔石だ。品の無い虹色のそれに、魔力を注ぎ込んで割砕く。
 素人にも見える結界が張り巡らされた。代償魔法、魔石を代償に強固な結界を生成したのだ。