第10話

06.バルバラ・下


 対して、バルバラの方もどうやら自分を殺害するのに必死らしい。尤も、彼女が何を考えているのかは計りかねるが。
 ラストリゾート・レプリカ。
 どこから調達して来たのか分からないそれを、バルバラはしっかりと構え直している。この間の戦闘経験からして、あの武器を全力で振るえるのは2度が精々。当たらなければどうという事も無いし、結界さえ張っていれば変な直撃の仕方をしない限り、怪我をすることもないはずだ。

 ――どこからレプリカを作って来たのか。
 それに関しては言わずともがな。あの研究施設にはルーファスがいた。彼ならば自分達に加担するふりをし、室長だけを逃がす事も可能。
 サイコチックな話にはなってしまうが、副室長の遺体を手土産にしたのは、あの時点で帝国への関与を疑われたくなかったからだろう。とはいえ、他人の死体を土産にするような男の何を信じれば良いのか分からないが。

 どこか余所へ飛んでいた思考を無理矢理引き戻す。こんな事をしている場合では無い。まずはバルバラとの確執に決着を。

「――事を急きますね……」

 我に返った瞬間、バルバラが例のレプリカを一息に振り下ろすのが見えた。迸る閃光には多分な魔力が含まれている。
 直撃すると追撃で結界が壊れかねないので、軽く回避の姿勢を取り、更にもう1枚結界を重ね掛けする。

 広範囲に渡る攻撃の衝撃だけを張った結界で吸収。カウンターと同じ要領で、今し方レイピアを振るった彼女へと氷のツタが襲いかかる。ロッドの方から出現したそれは、周囲を凍り付かせながらバルバラへ肉薄した。が、上手い事ツーステップで回避される。

 追撃。杖で作っていた火炎球を一直線に飛来させた。彼女が氷のツタから逃げる為に定めた、着地点へと。
 気分は追い込み漁。
 バルバラには二つの回避方法がある。ラストリゾート・レプリカを振るって魔法を相殺する方法と、甘んじて直撃を受入れる方向。
 後者であれば生身の人間は無事では済まないので、前者を取るしかないが今や狂人と化している人間の思考回路は読めない。

 ただ、まだ正常な思考回路は失っていないようだった。
 武器で魔法を弾くのを見、イアンは更に追い討ちを掛ける。そろそろレプリカの使用に関して現界が訪れるはずだ。

「――……おや」

 しかし、追撃の魔法も同じようにラストリゾート・レプリカによって弾かれた。いまいちどういう原理なのか分からず足を止める。威力では無く、連発性を取ったのだろうか。あの、人間を実験動物としか思っていない研究室の連中が。
 深く思考している暇は無かった。何度もレプリカの恩恵にあずかったはずのバルバラが、血払いするようにレイピアを振るった後、一直線にこちらへ向かって来たからだ。

 大抵の魔道士は近接戦へ持ち込むのがセオリーだが、それは通常の魔道士に限る。自分や、或いは大魔道士と呼ばれる存在にとってそれは常識ではない。
 やはり思考力が衰えているようだ。
 イアンはローブに手を突っ込み、ナイフの形をした魔法武器を握り締めた。これでトドメを刺すとしよう。

 メイヴィスの遺物、《蜂の針》。
 あらゆる物を溶かし崩す毒を内部で生成する、一撃決殺のマジック・アイテムだ。彼女は一般的に言う心優しい女性であったので、作らせるのに苦労した。
 防御魔法の上から、或いは強固な鎧の上から。遮る一切合切を無に帰すそれを、バルバラの到来に合わせて抜き放つ。

 銀色の煌めきをまき散らすそれで、まずは彼女の利き手を切り付ける。持っていたラストリゾート・レプリカが握る力を失ったバルバラの手からポーンと飛んで行ったのを視界に入れ、目を見開いた彼女を見ないようにその胸へナイフを深々と突き立てた。

 蜂のように刺し、ナイフを回収してゆっくりと数歩、後退る。仰向けに倒れたバルバラは虚ろな双眸を空へ向けていた。
 長い確執であったはずなのに、酷く空虚な終わり方をした。結局彼女は――或いは、自分自身は何をどうしたかったのか。

「……まあ、考えたって仕方の無い事です。おやすみなさい」

 他の連中を手助けにでも行くか。らしくない事を考えながら踵を返そうとした、刹那。倒れていたバルバラの力を失ったはずの腕が跳ね上がるのを視界の端で捉えた。