第10話

05.バルバラ・中


 その不安の理由を深く考えるより先に、リカルデが駆けて行ったのが視界の端に移った。彼女と自分は人外達の中で唯一脆弱な存在だ。うっかりの事故で死にかねないので、固まっていた方が良い。
 そんなリカルデがブルーノと別行動を取っているという事実に思考の全てを持って行かれた。

「リカルデ! 単独行動は危険だぞ!」

 ――聞こえていないようだ。
 仕方無くジャックはその背中を追った。最悪、イアンの方は何かトラブルが起きても自分で処理するだろうし、そう簡単に死亡する事も無いはずだ。

 リカルデを追って行くと、指揮系統の中心箇所に到着した。同時に、このどこから湧いて来たか分からない兵士達を指揮しているのがバルバラ単品では無い事を悟る。
 研究所にて護衛の任務に就いていたリカルデの後輩――アルバン。
 彼とリカルデが対峙する瞬間を見る。

 そもそもやる気というか、迷いが見えていた兵士達はその対面を見てざわざわと浮き足立ち、不安そうな色を滲ませていた。

「アルバン!」
「――今更何の用ですか」

 憎しみの色すら浮かべたアルバンは冷え切った双眸でリカルデを見つめている。かつての同僚達の争いを前に、ジャックは足を止めた。これは迂闊に第三者である自分が首を突っ込んで良いのだろうか。
 リカルデにも戦意はあまり無いように見えるが、アルバンその人も憎しみこそあれど、それとは別に何か複雑な感情が見え隠れしている。というか、疲れ切っているような気配が漂っている。

 先に言葉を切り出したのはリカルデだった。僅かに眉根を寄せ、口を開く。彼女の困り顔はこれまでよく見て来たが、本当に困った顔が似合う。

「……アルバン、何故ここに。見ての通り、帝都に人は居ないぞ。私達の任地は、無人の都じゃない」
「貴方はもう仕事を放り出して消えたでしょう、関係の無い事だ!」
「私は無人の都を守護する為に、騎士兵になった訳では無いから。そもそも、バルバラ殿は騎士兵を好き勝手に動かせる程の権限は無かったはずだ。指揮系統が混乱しているように見受けられるが……」
「煩いな! ……そんなの、分かってますよ」

 ――これは、話し合いに持ち込めるフラグなんじゃないのか……?
 得物の柄を握り締めていたアルバンは不意に脱力した。迷いのある顔、どうしたら良いのか分からない顔。

「……先輩。自分達が何をやらされているのか、もう分からないんですよ」
「まあ、そうだろうな。現状を見る限り」
「指示が錯綜していて、イアン殿は居ないしゲーアハルト殿も大怪我で動けない。チェスター殿も何故かそっちに居る。バルバラ殿はあの有様……。何なんでしょうね、帝国って」
「まあ、その、何だ、心中お察しする」
「というか、内の皇帝って生きてるんですか? 全然見かけないんですけど」
「えっ、そういうレベル!?」

 ホムンクルスの自分には、それがどれだけ大事なのか計りかねるが、リカルデの驚きようを見るに大事らしい。それを見たアルバンは絞り出すように、聞く者が聞いたら処断されかねない言葉を吐き出す。

「国を運営しているような動きじゃないんです。国が、別の何かに乗っ取られているような……」

 ***

 イアンはもう何度目になるか分からない麗人の顔を見て、深く溜息を吐いていた。
 ――バルバラ・ローゼンメラー。自分が蒔いた種の最たる人物。芽吹き、根付き、そして腐ってしまった。
 最初は愉しんでいたはずだ。なのに今はやる気が欠片も無い。相手をするのも面倒臭いし、何なら顔も見たくない。ジャックの微妙そうな顔を思い出しつつ、戦闘を行う為に脳内を切り替えた。

 まず、バルバラの戦闘スタイルはオールラウンダーまたの名を器用貧乏。近接では持っているレイピアで攻撃し、中・長距離になると魔法を撃って来る。彼女の扱う魔法を防ぐのは難しい事では無いので、出来れば魔法の撃ち合いに持ち込みたいところだ。
 が、勿論彼女も馬鹿ではない。わざわざ魔道士の間合いで殺し合いなど望むはずが無い。よって、バルバラは全く予想通り且つ堅実にじりじりと距離を詰め始めていた。

 1対1だ。大規模魔法を撃ってる暇は無いし、人一人どうこうするのに規模の大きな魔法は不要だ。
 そう判断したイアンはローブからロッドと杖を取り出した。
 ロッドは片手で振り回せるサイズの、短いもので杖は身の丈ほどもある金属製のもの。ロッドに関してはメイヴィスが作った魔法即発武器。1つの魔法しか撃てないが、振るうだけでその魔法が即発動する優れものだ。