第10話

04.バルバラ・上


 地上に降り立って早々に残った面子と話をしていたブルーノがこちらを向く。サングラスのせいで視線がどこに向いているのかは定かではないが、恐らくイアンの方を見ているだろう。

「なあ、イアンよ。お前結局、バルバラはどーするんだ? 何気にまだ解決してねぇだろ」
「彼女の事など知りませんよ。もう飽きました。来るなら来るでもう終わりにしますし、来ないならそのまま放置します」
「責任持てよな、本当……じゃあ、頼んだぜ」

 言うが早いか、冷たい空気が頬を撫でた。この感覚は今までに何度か体感している。これは――氷系統の魔法を使った時に自然発生する冷気と同じだ。

 まさかと思って顔を上げれば、そのまさかだった。
 ブルーノが今噂をしていた噂の彼女――バルバラが突っ立っている。ただし、今までのギラギラと煮えたぎるような怒りは既に形を潜めていた。
 虚ろな目。まるで死人のようなその双眸はじっとイアンを見つめている。覇気は無く、かなりやつれているようだ。顔色は悪いし、何を考えているのかさっぱり分からない。ただし、戦闘をするつもりはあるのだろう。以前、ブルーノに破壊されたはずのラストリゾート・レプリカをその手にぶら下げている。

 言葉を失う光景を前に、ジャックは極めて冷静に思考回路を回す。
 9:1くらいの割合でイアンが悪いとはいえ、だからと言ってバルバラに殺されてやる訳にはいかない。どちらが悪かろうとイアンには生き残って貰わなければならないのだ。
 なので、彼女のモチベーションが地の底に落ちているのは酷く気掛かりだった。しかし、頼みの綱であるラストリゾート・レプリカの乱発は不可。加えて、現状こちらは戦力が整っている状態だ。
 油断したりトラブルが起きない限りは死傷者が出る事など無いはず。

 イアンのやる気の低迷についてはブルーノも察したのか、念を押すように言葉を紡ぐ。

「イアン、俺はバルバラとの一件に首を突っ込むつもりはねぇ。レプリカに関しては後で回収するが、それだけだ。いいな?」
「ええ、承知しております。自分で広げた風呂敷を自分で畳むのは当然の事です。まあ、もう既に興味はありませんが」

 溜息交じりにそう言った彼女は渋々という様子でローブから金属製の杖を取り出した。それを緩く手に持つ様は力が抜けきっていて不安だ。
 ふう、と一つ息を吐いた魔道士が呟く。

「自分でやらかした事です、今度こそ終わらせてみせましょう。バルバラさん、貴方も、このままでいる訳には行かないでしょう。貴方にはドミニク殿が必要だった、それだけが事実です」

 ――似合わず前向きだな……。
 記憶が戻ったからなのか何なのか、最近の彼女は人間としての心をやや取り戻し始めていると言える。それがどう作用するのかは分からないが。
 それを合図と捉えたのか、バルバラが真っ直ぐに片手を挙げる。

 ワラワラと集まって来る数名の兵士達。それを見たリカルデが困ったように言葉を溢した。

「アルバンが居る……」
「ああ、あんたの後輩っていう」
「ああ。いや、居ないはずが無いが、やっぱりか。しかし――」

 出て来た兵士には戸惑いが見える。何か混乱しているような、取り敢えず上司であるバルバラに従っているだけのような。浮き足立っていると言えばそれが一番正しいだろう。

「様子が変だな。指揮系統が混乱しているんじゃないのか、リカルデ」
「そうだな。誰が指示を出しているんだ? それとも、誰も指示を……出していないのだろうか」

 表立って動いていた司令官のような存在は元々5人程居たのだ。最初に離脱したイアン、死亡したドミニク。そして裏切ったチェスターに、大怪我をしていて活動が出来ていないはずのゲーアハルト。最後、目の前に居るバルバラ。
 冷静に考えてみれば指揮系統が混乱を極めているのは当然の事態と言える。

 何だか分からないが、とブルーノが指を鳴らす。よくこの状況で好戦的な気分になれるものだ。

「取り敢えず、バルバラはお前に任せるぜ、イアン。俺等も残党処理をするからよ」
「ええ、了解です」

 バルバラの一件をイアンに丸投げしたブルーノが早々に出て来た雑兵達に突っ込んで行った。
 ちら、とイアンの様子を伺う。
 何故だろう、さっきからずっと嫌な予感が拭えない。