第10話

02.帝都の内部


 しかし、見張り2人を瞬殺して見せたイアンは何故か僅かに首を傾げる。

「あまりにもあっさりし過ぎていますね。何かあると見た方が良いでしょう」
「全くだな。しかし、ここでこうしていても何も始まらん。行くぞ」

 帝国の内情に関して調べる事に、最も渋る態度を見せそうだったチェスターは存外乗り気である。彼のボーダーラインが分からない。

 早速、無人となった入り口から中へ。

「ここ、人とか住んで無いのか?」

 そんなはずはない、分かっていながらも口にせざるを得なかった。というのも、帝都内部は閑散としていてまるで廃村か何かの様相を成していたからだ。
 人影は無く、寂しく風さらしになっている。しかし、大陸内部では進んだ技術を持つ帝国であるが為に、その無人の異様さが際立つようだ。不気味、変、おかしい、そんな取り留めの無い単語が脳内で踊る。
 チェスターがふん、と鼻を鳴らした。

「飛んで火に入るなんとやら。まず間違いなく罠だろう、気は抜かない事だ」
「あー、ルーファスさんが何考えてんのかよく分かんねぇな。ただまあ、この状況を見るにあの人にとって、帝国なんてどうでも良い存在でしか無いんだろうが」
「ふん、あの《旧き者》の術士か。あれが人間などを目に掛ける存在であるとは思えんな」

 そうですね、とイアンが同意の意を示す。

「とても冷酷な方です。一個人――いえ、そもそも人間という存在に対し、思うところは無いでしょう。であれば、やはりネタは……『飛行禁止令』でしょうね」

 半ば独り言のようにそう言ったイアンは空を見上げる。良くも悪くも無い天気だ。

「イアン殿、空に何かあるのか?」

 恐る恐る訊ねたリカルデに対し、イアンは熱の籠もった薄い笑みを浮かべて見せた。

「帝都を空から見れば、彼等の目的が分かるかもしれませんよ。上空から見られたくない何かがあるから、『飛行禁止』などという意味不明な法律を作り出した。そうとしか考えられません」
「街の中の上から見れば分かる場所に、術式でも隠し持ってるって事か?」
「そう考えると辻褄が合う事が幾つかあります。まあ、上から人の造り上げた街を見るのもまた一興。少し席を外します」
「おいおい、今行くつもりかよ!」

 ブルーノの制止も聞かず、イアンはローブから竹箒を取り出した。あからさまに古風の魔女が跨がって空を飛ぶようなアイテムだ。

「イアン、それはどうするんだ?」
「おやジャック、魔女と言えば箒。空を飛ぶと言えば箒ではありませんか。この杖には空を飛ぶ為の魔法のみが発動する錬金術が施されています」
「つまり?」
「一つの魔法しか使えない杖ですが、術式や詠唱を不要に振るうだけで定められた魔法が使用出来る、マジック・アイテムだという事です」
「へえ、便利なもんだな」
「貴方も来ますか? 2人乗りですよ、一応」

 ――それは俺に来い、って言ってるのか? それとも冗談か……?
 分かり辛い身内のネタに頭を悩ませたジャックは、1秒の半分程で答えを決めた。そういえば、空を飛んではならないという面倒な規則があるのだ。このままイアンを野放しにしていては、何をやらかすか分かってものではない。
 彼女の阿呆な行動を抑制する為、半ば「行きたいか行きたくないか」ではなく義務として、ジャックは首を縦に振った。

「あんたが何かやらかさないように、俺も行く」
「おや、何もしませんとも。ただのお宝探しですよ」

 イアンが手に持っていた箒からぱっと手を離す。重力に従い、地面に倒れるかと思われた箒はしかし、倒れる事無くベンチのように地面から水平に浮かんだ。やはりベンチに腰掛ける要領でイアンがそれに座る。
 成る程確かになかなか大きな箒らしく、彼女が座った隣は人がもう一人座れる程度のスペースがあった。
 確認を取り、隣に腰掛ける。何故かアルニマ村で猪鍋を突いた日の事を思い出したが、これが思い出というやつだろうか。