第10話

01.帝都の入り口


「何というか……拍子抜けするな」

 ヴァレンディア魔道国を横断し、アレグロ帝国内部に入るのに2日。そこから帝都の入り口前までやって来るのに1日掛かった。
 恐ろしい事に何事も起こらず、追っ手にも遭遇せず、しつこかったバルバラにすら一度も会う事無く、帝都の前まで来てしまったのだ。

 ここまでの経緯をジャックは思い返す。
 そもそも帝都へ行こうと言い出したのはイアンとブルーノだ。2人で決めた事なので、リカルデやチェスターは付いてくるか分からなかったが、存外文句も無く同行してくれた。帝国について思うところがあったのかもしれない。
 そして帝都へ着くまでに何度か戦闘を予想していたブルーノにより、装備を整え、身なりを整え、それなりの覚悟もまた装備し帝都へ旅立った。

「何も無かったな。誘導されているようで、少し不気味だ」

 元騎士兵、リカルデでさえ困惑した表情。
 そんな彼女の目の前には高々と聳える壁が鎮座している。この壁、出入り口が東西南北の4つしかなく、帝都と言うよりは要塞と言った方が近いだろう。
 現在は4つある入り口の1つ、東の入り口に陣取っている。

「――流石に、入り口の前には見張りがいるな。つっても、見張りあんだけで良いのか? 普通に強い奴来たら、あれじゃ対応出来ないだろ」

 ブルーノが指す見張りとは、門の前に待機している兵士2人の事だ。リカルデのような騎士兵ですらない、一般兵の制服を着ている。
 その見張りをまじまじと観察していたイアンが呟いた。

「確かに。一般兵士の見張りですね。伸してしまえば何てことありませんが……。彼等の役割は戦う事では無く、不審者が近付いて来ている事を内部に報せる事かもしれません」
「つまり、奴等に見つかったら蟻の巣を突いたみたいに兵士がわらわらと出て来るって事か」
「そうでしょうね。まさか大事な大事な出入り口を彼等だけで守っているとは思えませんし」

 帝都中の兵士がわらわらと現れたらどうなるか。考えたが、イアンの召喚獣の餌が増えるだけの未来しか見えない。とはいえ、スプラッタ過ぎるので門番は不用意に刺激しないようにしよう。

「入る方法が必要か。不用意に近付かない方が良いな。雑魚とは言え、出て来られれば相手をするのが面倒だ」
「チェスター殿。私の意見としては、結界を張り上空から入るのも一つの手であると考えます」

 ――何故、結界が必要なのだろうか?
 イアンが魔法か何かで空を飛べると言うのに驚きは無いが、結界を張る意味は分からない。

「イアン。何で結界が必要なんだ?」
「帝国には飛行禁止の法律があります。上空から入った瞬間、蜂の巣にされるのは困りますから」
「ああ、撃ち落とす為に兵士が用意してるって事か」
「ええ」

 問題はそこではない、とチェスターが一蹴する。

「今ここにはお前を含め、5人いるが何往復する気だ?」
「私が乗せられるのは、私を含めて2人。何度も往復する必要がありますね」
「ならば最終手段だな。1回目で侵入に気付かれているだろうに、何往復もするのはただの自殺行為だ」
「それもそうですね。まあ、参考までに」

 もう正面から入ったらどうだ、とそう言ったのはブルーノだった。ぎょっとしたようにリカルデが目を剥く。

「正気か? それこそ自殺行為だと私は思うが……」
「いや、ようは外部連絡を取られる前に見張りを倒せばいいわけだろ。空飛んで侵入するよりましな案じゃねぇか?」

 ――碌な意見が無い。
 正直、イアンの案もブルーノも案も最終手段的な方法だ。出来れば回避したい手段であり、率先して実行するようなものではない。
 ないが、目星い案も出ていない。このままではブルーノの意見を採用する事になるだろう。

「やはり、ここはブルーノの意見が現実的じゃないか?」
「ふん、そうだろうな。往復は出来ない。であれば、後者の意見がまともか」

 では、とイアンがうっすら笑みを浮かべる。

「私がここで隠れたまま、魔法で見張りを射貫いてしまうのはどうでしょうか。幸い、あの様子です。私達の存在が露呈するとすれば、魔法を放った直後のみでしょう」

 視線の先に居る見張りは、ここで自分達がわいわい騒いでいると言うのに暢気なものだ。2人で談笑を楽しんでいる。帝国の中枢なのでむしろ危険が少ない場所なのかもしれない。
 イアンの薄ら笑みを見て、兵士2人に対し合掌する。彼女は遠慮容赦無いので無事では済まないだろう。

 誰も待ったを掛けなかったからか、イアンは既に術式を紡ぎ終えていた。最近、よく目にしていた大規模術式の類いでは無い。手の平サイズのコンパクト術式だ。
 発動した術式は煌めきを放ちながら、氷の矢を生成する。ただし、その矢は通常の矢に比べれば大ぶりだ。弓で撃ち出せるサイズではない。

「行きます」

 一応報告した大魔道士だったが、誰かの許可が下りる前に矢を放った。
 2本の矢は寸分違わず見張り2人の喉笛を射貫く。声も無く兵士達が倒れて生々しい音を立てた。その倒れた兵士ごと、道を凍らせる。相変わらず淡泊で乱暴なやり方に、ジャックは深い憂いの溜息を吐いた。