2.

「樒」
「あっ!?青桐殿?どうしましたか?」

 山査子が去って行った方を見つめていた樒が驚いて振り返る。そんな彼女にいつもの笑みを手向け、久しぶりだなと口にした。

「貴方は山査子殿と知り合いだったか?」
「隣領ですから。同盟を組んだのです」
「そうなのか・・・。彼は兄上の友人だからな。私とはあまり関わりが無いのだ」
「え。いや、知り合いにならない方がよろしいかと・・・」
「ん?」
「・・・いえ」

 再会の挨拶を交わしたところで、本題に入る。
 一介の領主である彼女にこんな事を言っても、さしたる意味は無いのかもしれないが、若き天才たる彼女ならば何らかの打開策を考案してくれるかもしれない。そんな淡い期待を胸に抱き、出来過ぎる友人に相談を持ち掛ける。

「その・・・あまり、大声では言えない事なのだ」
「えっ」
「そのだな、明日は祝春祭だろう?あまり大っぴらには言えないのだが、私は参加したくないのだ」
「えぇ!?どうしてまた・・・宴、お嫌いでしたっけ?お酒飲むのは好きじゃないですか」
「いや・・・兄の客が苦手なのだ」

 兄である本郷酸塊の客だという事は、その集まりは彼を次代の皇にしたい人間の集まりと直結する。次男、三男など彼等にとってみれば邪魔以外の何者でもない。故に、そういう雰囲気をまとう彼等が青桐はどうも苦手だった。
 次男に至ってはこの忙しい時期に帰って来ない。兄のとばっちりを受けるのはまず間違いなく三男である自分だと気付いたのだ。
 それに――酸塊そのものが苦手だ、というのも一つの理由ではある。
 彼は隣に並ぶにしては完璧人間過ぎる。彼の弟だという事実が堪らなく苦痛だった。
 唐突なる皇族の本音に少々面食らったような顔をした樒だったが、ややあってその小さな首を傾げた。

「酸塊殿云々はともかくとして・・・正式な場から抜け出したいなどと仰るのは珍しいですね、青桐殿。どうして私にそんな事を・・・?」
「お前ならばどうにかしてくれるかもしれない、と思ったからだ。他力本願なのは分かっているのだが、何か考えてくれないだろうか」
「えぇ、いいですよ。そうですね、まずは――」
「あぁ、すまない。ありがとう」

 本当は知っていた。
 こうやって彼女を頼れば、解決には至らないかもしれないが、打開策を考えてくれると。それに彼女の仕事能力は本物だ。樒ならば、上手く酸塊を出し抜けるかもしれない。
 ――嫌悪感。自己嫌悪。
 それらをひしひしと感じながら、青桐はやはり爽やかな笑みを彼女に向けた。樒が微笑み返してくれるのをいいことに。