1.

 祝春祭なるものが明日、行われる。その名の通り、春を祝う祭なのだが、これがそういう名目のただの飲み会宴会である事だけは先に述べておかねばならない。考案者は父、本郷熊笹である。
 ――そんな皇帝を父に持つ三男、本郷青桐は小さく溜息を吐いた。
 正直な話、皇族であるもののそういう華やかな舞台は苦手だった。これが長男であったのならば我慢して参加しなければならないという責任感のようなものも湧き出てくるのかもしれないが、生憎と青桐は三男。いなければならないが、いなかったとしても問題無い立ち位置である。
 そうなってくるとやる気は下がる一方だ。出なくとも問題無いならば、どこぞかへ姿を消してしまいたい、というのが本音である。
 各地の領主も集まって来るのだが、その中には次男、三男を良く思わない連中も多くいる。あまり敵対視されても困るのだが、そういった類の年上に会うのも面倒だった。

「――樒・・・」

 ふと、流れていく人々の中に見知った顔を見つけた。彼女は今月、唐突に高以良領の領主となった友人である。彼女ももちろん、この祝春祭に顔を出しているのだった。
 友人を見つけた事で安堵した青桐は、樒に話し掛けようと踵を返す――と、そこで彼女が一人でない事に気付いた。
 上垣内領主、古小路山査子。
 確か、高以良とは隣領である。ので、彼等が知り合いなのは不自然な事ではなかった。
 よって青桐の興味を惹いたのは彼等が立ち話をしている事では無い。彼等の浮かべている笑みが邪気に満ち満ちており、話し掛けるのを憚られるような雰囲気である事だ。
 どうすべきか迷っていると、不意に目の前に人が立った。自分より少し身長が高いので顎を引き、上を見る。

「何をしている、青桐」
「――兄上」

 嗚呼、しまったと素直にそう思った。
 実の兄である彼、本郷酸塊は青桐が唯一にして最も苦手な人間である。ある種の劣等感を抱いている、相手。
 そんな兄は弟の気持ちになど微塵も気付かず、青桐の視線をたどってああ、と手を打つ。

「樒に用事か。が、山査子がいて話し掛けるに掛けられないんだろう?」
「はい、そうです」
「そこで待っていろ」

 くるりと踵を返した彼はいとも容易く樒達の談笑に割って入った。そのまま二言三言、言葉を交わす。その後、山査子だけを連れてその場を後にした。酸塊と山査子は同期であり、友人なのだ。
 後に残されたのは樒だけ。何故だか釈然としない気持ちを抱えながらも青桐は兄が与えた機会を無駄にすまい、と友人へ歩み寄った。