2.

「話ってのはな、お前の昇格の話だ」

 それは唐突な話であったが、同時に自らの功績を鑑みればあり得ない話でもなかった。樒は特に自尊心の強い人間でもなかったが、冷静に考えれば分かる話でもある。よって、特に驚いた顔をしなければ隣に立っていた青桐が頷いた。

「さすがだな、樒。貴方はどんな事にもいちいち驚かない」
「えっ」
「昇格して当然だというその自信、私も見習いたいものだ」
「・・・はぁ」

 ベタベタに褒められ過ぎてどんな反応をすればいいのか分からなかった。ので、曖昧な笑みを浮かべてそれに応じる。
 ごほん、と咳払いをした熊笹が話の路線を戻す。ただ、彼の顔がにやけていたのはきっと指摘しない方がいいのだろう。世の中、気付かないふりというのも存外と大事なのである。

「――それで、樒よ。お前の配属だが、北の地、高以良へ移ってもらいたい」
「・・・いやそれ、左遷じゃないですか!?」
「えっ」

 何であんたが驚いた顔してんだ、心中で絶叫する。
 高以良、といえば大きくも小さくも無い土地だ。が、王都であるこの地、屋嘉比からは随分離れている。それを思えば、左遷であると断定せざるを得ない。
 直ぐさま我に返ったのは青桐だった。相手は国王、されど自身の父親である。樒よりは物を言いやすい立ち位置だったのだ。

「ど、どういうおつもりですか、父上!確かに樒は若い。ですが、よりにもよって左遷など・・・」
「いや、左遷するつもりは無い。ああ、言い方が悪かったか。高以良の領主が少し前に亡くなってしまったのだ。つまり・・・樒、お前には次の領主になってもらいたい」

 ――それは事実上の飛び昇格だった。ただの雑兵がまったく唐突に殿下の親衛隊になったような昇格。
 領主と言えば国主が任命した、領の最高責任者だ。仕事は大変だが、見合った給料を貰えるし、何より君主に信用されているという事でもある。実に名誉な大任。
 混乱する樒へ追い打ちを掛けるような熊笹の一言。

「我が国では最年少の領主だな、ははは!」
「そうですね、父上」
「どうする、樒よ。まだ断るという選択肢も残っている。お前が宮中で働きたいと申すのならば、俺は止めん」
「・・・いえ、謹んでお受けさせていただきます。私、頑張ります!」
「おうおう、その意気だ」

 ――屋嘉比からいなくなる以上、王都住まいの青桐とは随分距離を置くことになってしまう。もう、宮中ですれ違って幸せな気分に浸る事も、たまにお茶して茶菓子を吹きそうになる事もなくなるのだろう。
 だが、これも花嫁修業の一貫である。
 君主の息子に恥じない肩書きが必要なのだ。それは恐らく、領主なんかの役職では足りない。ゆくゆくは宮中に戻り、皇帝に口出し出来るような地位にまで昇り詰めなければならないのだ。

「高以良、か。私も一度だけ行った事がある。長閑で素晴らしい場所だ。・・・しかし、貴方はこの宮中からいなくなってしまうのだな」
「青桐殿・・・」
「いや、寂しくなるとは言うまい。私は貴方を笑顔で送り出す事としよう、貴方の友として」

 ――友として。・・・友としてッ!
 笑顔が引き攣るのを感じる。脇で熊笹が最早人目を憚ること無く大爆笑しているのが見えたが、さすがに上司に対して「笑ってんじゃねぇぞクソジジイ!」なんて暴言を吐けるわけがないので心中で罵詈雑言を吐きかけるに留めた。
 引き攣った笑顔にも仕事中毒者である樒の僅かに残った乙女心にも気付かず、青桐にがしっと両手を掴まれる。

「どうか元気に。私も暇があれば貴方の領へ顔を出そう」

 ――まぁ、青桐殿がそう言うのならいいか・・・。
 樒も大概単純な人間だった。