1.

 他国との戦が無い、そんな日の小見山樒はただの文官である。
 というのも、頻繁に戦やら争いやらが起きていた戦国時代とは違い、大陸が二国に分かれた今では冷戦がもっぱらの争い風景になっている。
 そうなってくると今まで戦に反乱の鎮圧にと奔走していた武将達には仕事が無くなった。
 いや目出度い事なのだが、戦で活躍していた武将もそれが無くなればただの無職である。宮中に穀潰しを置いておくわけにはいかない、と急場しのぎで与えられたのがこの文官仕事。
 同僚達は心底苦しんでいるようだが、樒はそうでもなかった。
 彼女はもともと、文官から武人として戦場へ出るようになったので、全てが元通りになっただけである。
 ――と、書簡に目を通していれば戸の向こう側から失礼します、という声が聞こえた。同時、入って来たのは名も知らない女官である。

「樒様。陛下がお呼びです・・・」
「え?殿が?それって、熊笹殿?」
「はい」

 本郷熊笹。彼こそがこの国――英桃を治める皇である。ただし、そういった場面にならない限りは子持ちの良いお父さんのような人だ。
 そう、と頷いた樒は筆を置いた。それを確認した女官が一礼して退室する。
 申し訳程度に上から綺麗な色の上着を羽織った。さすがに文官服で会う人間にしては大物過ぎたのだ。


 ***


 やって来た熊笹の執務室に、本人はいなかった。
 代わりなのかは知らないが、別の人間が机の前に立っている。その人は戸の開く音で何者かが現れた事を知ったのか、ちらりとこちらを一瞥した。

「ああ、樒。何だ、貴方だったのか。てっきり父上が帰ったのかと思ったぞ」

 爽やかに微笑んで見せた彼は本郷青桐。言うまでも無く皇族であり、三男坊だ。笑った顔がどう見たって父親と似ている。
 そして――

「ぅあ・・・!?え、いやその・・・こ、こんにちは」
「こんにちは。はは、父上の執務室だからといってそんなに気負う必要は無いんだぞ?」

 ――いや、貴方を前に緊張してるんです。
 樒にとっては5年前という赤ちゃんが幼稚園に通い始めてもおかしくない程に長い片想いの相手でもある。ちなみに、あと一か月で6年目に突入する。
 そんな相手の前でも初心を忘れない樒は大いに動揺していた。
 ここは他者の執務室とはいえ、彼と二人きり――

「私も父に用があったのだ。もう、終わったが」
「えっ。あ、そうなんですか。・・・終わった?」
「あぁ。もう私の用事は終わった。だが、父上が樒に嬉しい話があるから、とここで待っていたのだ」
「え。・・・え?じゃあその、青桐殿は私の為に待っていた、と?」
「そうだ。だからそう、委縮しなくていいぞ。悪い報せではない」

 いやだから、貴方に対して緊張してます。そんな言葉を脳内で反芻する。
 しかし、良い報せとは何だろうか――

「おっ、待たせたな。悪い、まさかお前が先に来ているとは思わなかったぞ、樒!」

 乱暴な戸の開く音と共に現皇帝、本郷熊笹が姿を現した。