12:進路なんてどうでもいい
1年ぶりくらいに見る『異動の希望』と書かれた書類。毎年1度、2度来るこの書類をまともに書いたのはただの1度だけだ。かつて一度だけ書いたのは2班へ異動する時。前にいた班から異動したいと申請した。
懐かしい思い出を胸に、サイラスはレックスが持っているその書類へと視線を移す。彼が班のリーダーなのだ。上からの書類を持って来る事に関しては特におかしい事は無い。無いが――
「あのさ、レックスさん。俺の気のせいならいいんだけど、もうすでに『異動無し』に丸ついてる気がするんだけど」
「奇遇だな、俺もそう見える」
「いやね、ギル。まさかリーダー様が人様の書類に勝手に丸つけたりしないでしょ。あれは自分の分よ、きっと」
頭を抱えるギルバード。こめかみを引き攣らせているドルチェ。
――不穏な空気だ。
しかしそんな空気を一切読み取らず、弾けんばかりの笑みを浮かべた竜族の彼は言いきった。
「異動なんてしないだろう?あとは各自、さいんを頼むぞ!うむうむ、今年も回収の面倒な書類が来てしまったなぁ!」
「ちょっとぉ・・・あんた、とうとう強行作戦に出たわね・・・!まあ、あたし達に異動の意志は無いけれど、カイルとイーヴァは分からないわよ!どうするのよ!」
「ま、まぁまぁ、落ち着いてドルチェさん」
「落ち着いていられるわけないでしょ!」
ガァン、とドルチェが机を叩いた。入る亀裂。止めに入ったサイラスは自身の危険を悟り、すっと怒れる彼女から距離を取った。
小さく溜息を吐いたギルバードが茫然と動きを止めている新人2人に訊ねる。
「すまんな。ところで・・・正直に答えて欲しいんだが、異動の有無はどうなっている?遠慮はしなくていい、この機会を逃すと次に異動出来るのは来年だ」
「異動の意志はありません。私のサインはどこにすればいいですか?」
「・・・そうか。カイル、お前はどうだ?」
え、と首を傾げたカイルは快活な笑みを浮かべた。
「勿論、異動なんてしないッスよ!にしても、最近の会社は凄いッスね!ブラックオブブラック!!」
「本当に済まないんだが、このバカ蜥蜴と一緒にしないでくれ・・・。本来なら罷り通らないんだ、こんな事・・・」
項垂れるギルバードを見てレックスがケタケタと笑う。思い通りになってご満悦らしい。