創作屋さんにお題50

06:どうにも人生サバイバル


「新鮮な魚だ!食え食え!」

 それは全くの謂われない視界的暴力だった。
 濁った瞳に力の入っていない四肢、電気の光で輝く銀色の鱗。
 我等が2班の隊長・レックスはイーヴァを見つけるとそう言ってこの大振りな魚を手渡してきたのだ。当然袋には入っているが入手経路も不明だし、何より自分は半分とは言え人魚。魚など見せられても欠片も食欲が湧かないし、何より食べたくない。

「すいません、魚はちょっと――」
「良い良い!お前はちょっと顔色が悪いからな!肉を食え!」
「顔色が悪いのは魔族としての血が――」

 じゃあな、と本当に何をしに来たと言うのか。レックスは片手を挙げ颯爽と消えて行った。イーヴァは茫然と袋を見つめる。生臭い臭いが漂ってくるようで困惑を隠せない。
 取り敢えず食べられないのだから冷蔵庫にでもしまわないと、この暑さですぐ腐ってしまうだろう。

「あれ?何やってるんスか、イーヴァ。・・・あ!」

 背後から声を掛けられた。溌剌とした声だ。振り向けば同期のカイルが目を丸くして立ち尽くしていたが、次の瞬間にはいつもの快活な笑みを浮かべる。

「あー、仕方無いッス!ほらその魚とこのチョコ、交換して欲しいッス!」
「何故?」
「どうして、って・・・だってイーヴァっち、魚食べられないじゃん?」
「何故それを知っているのですか」

 記憶能力が良いとはお世辞にも言えないが、カイルとそのような話をした事が無いのは確かだ。だがまぁ、貰ってくれると言うのならばそれに越した事は無い。
 色々しこりの残る話だが大人しく魚とチョコレートを交換した。渡されたチョコは小さなもので、ビニールの包み紙に包まれている。牛の柄が印象的だ。

「これからイーヴァはどうするんスか?」
「図書室。ドルチェさんがギルバードさんを呼んで来るようにと」
「いっつもアンタの役目ッスよね、それ!まあいいや、じゃあオレはこれを厨房に持っていって適当に料理してもらうッス!」
「そうですか」

 カイルと別れて図書室へ向かった。
 中は空調が効いてひんやりとしている。人影は無いし、不用心な事に司書の姿も無かった。いつもギルバードは図書室にいる為、今日もここにいると思ったが宛が外れたらしい。
 どうしようもないので一先ず適当な椅子に座る。下手に動き回るよりここで待っていた方が遭遇する確率が高いだろう。

「良いもの持ってるわねぇ、イーヴァ」

 ふと聞き覚えのある声が背中にかけられた。のろのろと首を動かし、振り返る。呼んで来てとそう命じたはずのドルチェが笑みを浮かべて立っていた。モデルのような体型の彼女は今日も今日とてどこか優雅な振る舞いで正面ではなく隣の椅子に掛ける。

「差し上げますよ、チョコレート」
「あら!本当?ならあたしはこれをあなたにあげるわ」

 物々交換が主流なのだろうか、この組織は。チョコレートを渡すと代わりに小さな鍵を貰った。どこの鍵だろう。

「うふふ、図書室の3つめの本棚の裏にある空間に小さなドアがあるのよ。それの鍵。どこへ繋がっているかは行ってみてのお楽しみよ」
「そうですか」
「じゃあ、引き続き頼んだわ」

 脈絡の無い『何か』を頼んだ後、ドルチェは去って行った。鍵を見つめる。まあ、きっとこの鍵を使ってそのドアを開けろという事なので大人しく指示に従う。
 かくして、ドルチェの言う通り本当にその小さなドアは存在した。と、同時にこれはささやかな図書室の倉庫なのではないかと結論づける。勝手に開けていいものかと一瞬だけ迷ったが、司書は留守のようだったし中を覗くくらいなら見咎められもしないだろう。
 ドアを開けて見てびっくり。その先に広がるのは暗闇だった。何も入っていないのだろうか。興味本位で身を屈め、ぽっかりと口を開けた暗闇の中へ身を躍らせる。
 ――と、景色が変わった。
 木の匂い。微かな磯の匂いと、開けた視界。天井は随分と高い。2階があるのを目視出来るし、何故だろう。何か懐かしく感じるような。

「別荘?」

 こんな別荘に来た記憶は無い。けれど何か思いだせそうな――
 瞬間、結構強い力で肩を掴まれた。

 ***

 ハッとして顔を上げる。眼前にはいつも通り、図書室の風景が広がっていた。

「よく寝ていたな、イーヴァ」

 どうやら捜し人だったギルバードその人に起こされたらしい。何だか穏やかな顔をしたその人は握りしめた左手を訝しげな目で見ている。ああ、ずっと握っていたからかチョコレートが溶けてしまった。

「夢を見ました」
「夢?」
「はい、別荘・・・いや、あれはきっと民宿ですね。図書室の小さな倉庫から通じてて。何だか不思議な夢でした」
「・・・そうか」

 消え入りそうな声で相槌を打ったギルバードが身を翻す。もう恒例になりつつあるが、今から食堂へ行って昼ご飯を食べるのだろう。