02:君のうた
カップの中の黒い液体が揺れる。最初に出された時は「ブラックコーヒーは苦手なので、ミルクか何かください」、とよく彼女に向かって言っていたものだがそれも忘れられる事5回。ブラックコーヒーが飲めるようになった。
「ネタ切れだ・・・」
「あら?この間、新しい子が入ったって言っていたような気がするのだけれど」
サイラスの一言に同じくコーヒーへ視線を落としていたイリアは首を傾げた。最近、自分だけ休みが重なって他のメンバーは任務に駆り出されているというのに休みの時間が多い。特に他意は無いのだろうが少しばかり居心地が悪いのも事実だ。
そうなってくると頻繁にこの屋敷へ足を運ぶようになり、一度赴けば数時間は居座るのだから話のネタが無くなってくるのもまた必然。
「なぁ、イリア。新入りの件は先々週くらいに話さなかったか?いや、日付はどうでもいいんだけど、絶対話したよな。俺」
「そうだったかしら・・・?ううん、私は覚えていないわ」
「そりゃそうだろうけど・・・」
やはり小首を傾げる彼女は大変可愛らしいが、彼女の記憶能力の低さには可愛らしさを通り越して畏怖さえ湧き上がってくる。何をどうしたらそんなに物忘れが激しくなると言うのか。
悩むサイラスを余所に、彼女は笑みを浮かべた。何か面白い話をしたわけでもなし、唐突な笑顔に困惑を隠せない。
「じゃあ、今日は私が話しましょう」
「話せるような話、あるのか?もう忘れてそう――」
「昨日の話よ。ちゃんと覚えているわ?」
「昨日・・・?」
うふふ、と邪気を感じさせない笑みを浮かべたまま、イリアは語る。そう、自分も休みだったはずの昨日の話を。
「昨日はね、お客様が来たのよ。確かお昼くらいだったかしら――」
「待って待って待って!」
「え?どうかしたの?」
「それ!昼くらいに来た客、俺ッ!!」
沈黙が降り積もる。ずずっ、と空気を紛らわせるようにサイラスはコーヒーを啜った。熱い、火傷したかもしれない。
「・・・それでね、サイラス」
「うん、俺が悪かった。そうだよな、お前ずっと屋敷にいるんだから話す事とかあまり無いよな・・・。あ、缶蹴りでもするか?」
「缶蹴り?」
「うちのおじいちゃ――ゴホゴホ、年配組が教えてくれた遊びなんだけど・・・」