第2話

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 ざぶざぶ、と波を掻き分け太腿辺りまで海水に浸かったマリィが僅かに微笑んだ。肢体ががくり、と沈み鱗に覆われていた肌が『美しい人魚』に違わぬ姿へと変わる。傷に海水はしみないのかと思ったがどうでもいい事だったので口を噤んだ。
 マリィが両腕を伸ばす。こちらへ。

「さぁ、イーヴァをこっちへ」
「・・・本当に連れて行くつもりか?俺は別れの挨拶さえしていないのに」
「知ったこっちゃないわよ。そう思うのなら、あと5分早く帰っていれば良かったのに」
「5分・・・そうか、たったそれだけの違いだったか」

 こういった事態は初めてじゃない。人間と連んだのは初めてだったが、それでも悲惨な事故、事件は起こるものだ。人外の宿命と言ってもいい。
 膝まで海水に浸かった。

「いっそ、俺も――」
「あなたみたいな毛むくじゃらのケダモノは海に要らないわよ。冗談じゃ無い!あなた、正気?たった半年いただけなのに・・・」
「・・・そうだな」

 ――そう、このまま終わらせるわけにはいかない。

「一つ訊きたい事がある。元凶は――アルマなんだな?あの程度の人間に魔族であるお前が負傷なぞするわけがない」
「・・・ええ、そうね。けれど、あなたはあんな人の皮を被った悪魔なんかに関わらない方が良いんじゃないかしら?そんな事より――」

 目と鼻の先。手を伸ばせば届く距離だ。すでに海水はじわじわと腰の辺りを浸食している。
 伸びて来たマリィの手が、イーヴァを通り過ぎギルバードの襟首を掴んだ。思いの外強い力で引き寄せられ、鼻と鼻が触れ合うような距離で彼女は囁くように言った。

「イーヴァの事、忘れたら絶対に赦さないから」

 当然だ、絞り出した声が人魚に届いたのかは分からない。ただ、思わぬ強制力のある言葉に茫然としているその間にイーヴァを取り上げられた。それは目にも留まらぬスピードだったと思う。
 思わずマリィの背中に手を伸ばしたが彼女姿はすぐに見えなくなった。いくらまだ浅瀬であると言っても相手は魚類。イーヴァを抱きかかえたままでも滑るように泳ぎ、沖へと消えてしまった。唖然としてそれを見送る事しか出来ず、伸ばした手が虚しく宙を掻いた。