第2話

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 向かって来た連中を叩きのめすのはやはり簡単な作業だった。彼等は武器の力に頼り過ぎており、持っている得物を素手の相手に振り回すしか攻撃手段を持たなかったからである。
 伸びている合計5名の男達。非常に感情的だった為、結局自分に対する仇討ち以外に何故ここへ侵入したかの理由すら聞けなかった。そもそも、この場所をどうやって特定したのか。
 ――アルマはどこへ行ったのか。
 海へ行くと言っていたからまだ海にいるのか、或いは彼が全ての元凶なのか。真相は不明だが、このままアルマが高飛びして出て来ないようであれば彼の仕業という線が濃厚だろう。
 ずるずるずる。不意に濡れたモップで床を拭くような音が聞こえてきた。次は何だと言うんだ、うんざりした気持ちで現れる新たな刺客を待つ。早くイーヴァを捜さなければならないというのに次から次へと。キリがない。

「――は?」

 適当に相手をして、床を汚さないようにしよう、そんな決意を固めたのと同時だった。それが目に飛び込んできたのは。

「ギャハハハハ!こいつらマジでバカだな、何で折角の人質を使わねぇんだよ!相手化け物だって分かってたろ!?だから余所と手は組みたくなかったんだよ!!」
「落ち着けって・・・こいつらが暴れてくれなかったら、この子連れて来るって発想すらなかっただろ・・・」

 2人組の男。会話が右から左へと流れていく。
 下品な笑い声を上げた方の男。そいつの右手が細い腕を掴んでいる。目も当てられない酷い傷から真っ赤な鮮血が滴り落ちて床に赤い染みを作っていた。ようやく脳が濃い血の臭いを知覚する。

「い、イーヴァ・・・」

 ずるずるずる。震える視界を逸らし、男達の背後を見やる。
 恐らくは風呂場からであろう、真っ赤な道が敷かれているのが分かった。引き摺っていたのは濡れた雑巾などではなかったのだ。

「おお?効果抜群ってか!?あのジジイ、胡散臭かったし金もぼったくられた感あったけど情報は確かじゃねぇか!」
「ボスがいなくなったのは不味かったけど、まあコイツを始末して換金所に持っていけば情報料を差し引いても黒字になるな。いやぁ、一件落着だ」

 震える。声が、身体が。
 それを抑える事も無いままに掠れた声で訊ねた。

「マリィは・・・?」
「あん?魔族の女か?あいつはちょっとキモ過ぎたから置いてきた。素手で触りたくねぇわ」
「俺はそんな血塗れも触りたくないけどなあ・・・」

 置いてきた。つまり、マリィも動けない状態であるという事だろうか。駄目だ、思考がまとまらない。現状を脳が処理出来ないでいる。あのジジイって誰だ、ああでもその前にイーヴァが――
 そうだ、イーヴァを解放するのが先だ。
 どうにかこうにか方針を決め、呑気に話している人間に向かって腕を振り下ろす。

「あ――」

 加減を誤った。イーヴァを引き摺って来た男の頭に手刀を振り下ろす。ぐしゃり、という嫌な音と感触がした。声もなく男がゆっくりと倒れる。覗いた断面がまるでスイカ割りのようだと見当違いの思考をしつつ、その顔に恐怖をありありと浮かべた片割れに視線を移す。

「ちょ、人質人質!こっちには人質いるからな!?」

 訳の分からない事を喚く男の腹へ拳を突き出した。やはり力加減する部分が鈍くなっているらしい。ボールか何かのように弾け飛んだもう一人が壁に突っ込み、白い壁が真っ赤に染まった。潰れた果物みたいだ。
 浅い呼吸を整える。落ち着け、落ち着け。いくら獣人と言えど、自分はシティ派なんだ。こんな人道外れた行為は人間側に嫌われ、討伐の対象になる。
 どこか夢見心地な気分のまま、凶暴な感情を抑えつけたギルバードはようやく先程から声一つ上げず、無造作に床に倒れたままのイーヴァへと駆け寄った。