2-17
心臓が早鐘を打つ。こういう惨状が何を意味するのか、痛い程に理解していたしここまで来てしまえば希望的観測など何の意味も持たない。
無理矢理に心を落ち着ける為、深く息を吸い込んだ。
結果的に言えば落ち着こうとする目論見は見事に失敗した事になる。
良すぎる鼻は捉えた。噎せ返るような濃い血の香と、知らない人間数名の臭いを。そして後者の臭いが迫って来ている事にもすぐ気付いた。「ただいま」と言って入ったのだ、誰か帰って来たことは侵入者にも筒抜けだろう。
――あの男だろうか。アルマとか名乗った。
背後から忍び寄ってきた気配を迎え撃つ為、振り返る。本当は一刻も早くイーヴァを捜したかったが敵が内にいる以上、放置する事も出来ない。
「――誰だ」
廊下から姿を現そうとしたそれに声を掛ける。途端、少しばかり慌てたようにその足が止まった。まるでド素人だ。待ってやる義理もないので動揺を良い事に間髪を入れず飛び掛かる。獣みたいじゃないかと自嘲した。
「ひぃっ!?」
男の声。ただしあの宿泊客ではない。まったく知らない声だったが、狩りでそうするように首下を押さえ付け、廊下に引き摺り倒す。それはあまりにも簡単な作業で、だからこそ違和感を覚えた。
この程度の相手に――マリィは何をしている?いくら湯船から出たくないと言っても見ず知らずの人間が家を歩き回ればさすがに何かしら手を打つだろうに。
押さえ付けた男を見下ろす。見れば見る程、普通の人間だった。強いて言うならあまり柄は良くない。不良やチンピラよりは強く、ただし人である事に変わりはない。もっと言うならばこちら側の住人が手を焼くような存在ではないだろう。
「どうした!?」
複数の足音。まだ仲間がいたのか、と顔を上げれば押さえ付けている男と同じような雰囲気を纏った人間が4人。何だってこんなにわらわらと湧いてきたのか。
「おい、お前達は何なんだ。強盗か?」
「コイツだ!最近この辺りで賞金首狩りしてる、要注意人物!」
質問には答えず、少々引き攣った顔で距離を取ろうと数歩後退った一人がそう叫んだ。有名になっているだろうとは思っていたが、それは予想通りだったらしい。が、尻尾を巻いて逃げるつもりも無いようだ。いまいち彼等の意図、目的が掴めない。
不意にその中の一人が刃物を取り出した。ナイフと言うには少しばかりゴツイ、戦闘用の刃物。臨戦態勢に入ったその人が言いつのる。
「何ビビってんだよ、俺等の目的は元からコイツをブチ殺すことだったろ!?もう今しかチャンスはねぇぞ、その為だけに手を組んだんだ・・・」
「手を組んだ・・・?」
「アニキの仇だ!死ね、化け物!」
――既視感。何か、どこかで彼等を見た事があるような。
そのモヤモヤが何であるかを理解する前に、ギルバードは押さえていた男の首を捻り上げた。ごきん、という嫌な音が鼓膜を叩く。周囲から小さく息を呑む音が聞こえた。
「何だか知らんが、俺は今急いでいる。ここの住人はどうした?少女が・・・あー、2人・・・?いたはずだが」
マリィを少女に勘定していいかは甚だ疑問ではあるが、外見は女の子なのでそちらを優先した。それに血の臭いも気になる。最初はイーヴァが大怪我をしているんじゃないかと気が気じゃなかったが、相手の力量からしてマリィから返り討ちになった敵の可能性が高い。
「うるせぇ!てめぇ、散々俺達の仲間殺しやがって!」
「・・・まさか、今までの賞金首の・・・残党、か?」
賞金首も別に殺してはいないが、それでも残党狩りを面倒くさがって放置したのも事実だ。ちなみに賞金首の仲間とやらを殺害した覚えは無い。人の生死は要らない軋轢を生むからだ。
何か噛み合わない。それを説明したところで頭に血が上っている目の前の人間達を鎮める事は出来ないだろうが、釈然としない気分だ。