第2話

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 ロビーへ戻ってみると例の宿泊客とイーヴァが何やら話をしていた。日も暮れたことだし、何も不自然な光景ではないのだが湧き上がる不明確な予感。それは脳裏をざわざわと行き来し、漠然とした不安を呼び覚ますようだ。
 相変わらず表情の読み取りにくい顔をしたイーヴァが手招きをするのでそれに従った。元来、話をするのが好きなタイプじゃないのだからいい加減客の相手をするのにも疲れたのかもしれない。
 ソファ、少女の隣に腰掛けるや否や家主はこう言った。

「彼はアルマさんで、民俗学者だそうです」
「はい。ここへは人魚伝説を調査する為に来ました。いやぁ、まさかこんなにも素晴らしい歴史を持つ町なのに泊まるところが無いとは・・・一本取られましたよ!」
「人魚、伝説・・・」
「ご存知ないですか?」
「いや、知っているさ。ただ少し珍しいと思っただけだ」

 これ絶対にマリィは見つからないようにしないと。まさか、イーヴァではなくマリィの身が危険に晒されていたとは。
 少女に一瞥くれると事の深刻さは分かっているようで無言のうちに目を逸らされた。が、彼女の最終目標は宿の経営。マリィを理由に客を選ぶ事は出来ないだろう。それはまた、ギルバード自身も然り。獣人の調査に来た人間が客でも何食わぬ顔で振る舞わなければならない。
 そういえば、とイーヴァが呟いた。

「明日の朝食はどうしますか?パンも米もありますけど、好きな方を用意致しますよ」
「おや・・・希望制なんですね。では、折角ですしパンを頂きましょう。朝から米炊くのも大変ですからね」
「いえ、前日には炊飯ジャーぽちっ、ですね」
「貴方割と夢のない事言いますよね」

 ――本当に実はまずい状況にある事を理解しているのだろうか。
 ギルバードは眉間に皺を寄せ、静かに小さな溜息を吐き出した。明日が不安で仕方が無い。