第2話

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 耳を澄ませる。獣より良い耳がイーヴァと男の声を拾った。聞き覚えがあると思えばさっきの男のようだ。

「すいません、宿泊出来る場所がここしかないと伺ったのですが。1週間程泊めて貰ってよろしいですか?」
「ええ、勿論」

 二つ返事でそう答えたイーヴァが一定のリズムを奏でながら走って来る音がする。再び戻って来た彼女はこう宣った。

「あ、お客さんが1週間泊まるみたいです」
「聞こえていた。部屋を案内するなり何なりしてやるといい。というか、何故俺にそれを報告したんだ?」
「え。お客さんと一番接触するのは私かギルバードさんじゃないですか」
「・・・それもそうか」

 お部屋に案内してきます、そう言ったイーヴァが慌ただしく姿を消した。
 それにしても、何故このタイミングで客なのだろう。町で何かあるわけでもなし、近隣でも何かあるわけではない。それに漠然とした不安、嫌な予感がモヤモヤと脳裏で蠢いているようで居心地がわるかった。
 獣の勘というのだろうか、よく当たるのだ。明日も出掛ける予定だが、キャンセルした方が良いかもしれない。が、人間相手に果たしてそこまで警戒する必要があるのかも微妙なところだ。
 ――マリィに気を付けるように言っておこう。
 最終的にそういう結論に至ったギルバードは例の客が周囲にいない事を念入りに確認し、人魚の部屋へと足を向けた。

「おい、入るぞ」

 女風呂にたどり着いたギルバードはノックと声を掛け、そして返事を聞くこと無くドアを開け放った。途端飛び込んできたのは不機嫌そうな顔のマリィである。気難しいのであまり顔を合わせたくなかったがそうも言っていられない。

「何なの?今度は何の用よ。イーヴァなら今日は1日いるって言ってたわよ」
「お前に用がある」
「ハァ?早く話なさいよ。何か家に知らない奴来てるみたいだし、あまりここを彷徨かれたくないわ」
「その家に来た人間の話だ」

 仏頂面のまま、マリィが続きを促す。彼女、こうやってなかなか勘に障る性格をしているが本当に風呂場から締め出された事は無い。特にイーヴァの事となればちゃんと話自体は聞いてくれるのだ。

「今日、客と称してここに来た人間だが・・・まあ、非常に怪しい」
「どこがよ。何が怪しいのよ。ぼかさないで言いなさいよ、馬鹿にしてるの?」
「いや馬鹿にしているわけでは・・・ただ、俺にも具体的に何がどう怪しいのか上手く説明出来ない。強いて言うのならば時期とタイミングだろうか」
「何よ、それ・・・そんな事の為にあたしに1日中気を張っておけと言うの?」
「多少問題が起こってからでも問題無い。相手はただの人間だ」

 分かったわ、と面倒臭そうに頷いた人魚はしかし、思いも寄らぬ事を尋ねて来た。

「ところで、あんた何の為に金稼いでるのよ」
「・・・ああ、大きなテレビが欲しくてな。買ったらお前も観に来ればいい」
「喧嘩売ってる?あたしみたいなのがリビングで一緒にテレビなんて観られるわけないじゃない。あたしが入れる大きな水槽買ってから言いなさいよ」
「そのまま来ればいいだろう・・・。イーヴァはお前が思っている程気にはしないだろうさ」

 そういう問題じゃないのよ、と憤ったように彼女が叫んだと同時、風呂場から締め出された。相当ご立腹のようだ。地雷を踏んだらしい。