2-11
翌朝にはトラックに大量の部品を積んだトラックが家の前に停まった。業者らしき男は「うちって田舎だからあまり仕事ないんですよね〜」、と謎の世間話をして以降、一言も話していない。愛想が良いのか悪いのか。
脱衣所に立ったギルバードは修繕の様子をぼんやり眺めていた。人間の男が数名、行ったり来たりしているがもしかすると材料さえあれば自分にも出来るかもしれない作業だ。
***
結局、風呂場の修復が終わったのは夕方6時過ぎだった。結構酷く壊れていたようで時間が掛かったらしい。風呂場にやって来たイーヴァは穏やかに微笑んだ。
「綺麗になりましたね。ありがとうございます、ギルバードさん。いつかここも直さなきゃって思ってたんです。また、夢に一歩近付きました」
チカチカする。いい大人である自分は生きる指針すら決めていないのに、十数年しか生きていないこの少女は確固たる人生設計を持っているのだ。きっと、人外である自分ならこんな生き方思いつきもしないだろう。だって、幾らでも時間があるのに宿を経営しようだなんて。そんな面倒な事をしなくても生きていけるわけだし。
「マリィちゃんもこれを見たらきっと喜びますね。本当、ギルバードさんに出会えて良かった」
無表情の中に確かな嬉々とした笑顔を内包している。イーヴァのその顔を見た瞬間、理解した。これからするべき事――否、やりたい事を。
もう途中放棄は止める。
知ってしまったのだ。穏やかに緩やかに過ぎて行く日常の尊さを。他者といる事で感じる染み渡るような暖かさを。
「――女湯の方は、俺が修繕する」
「はい?」
「タイルの貼り替えくらいは道具があれば簡単に出来るだろう。だから――」
震える声を抑える。何を柄にもなく緊張しているのだ、と苦笑を漏らし小さく息を吸った。ああ、こんなに緊張するのは何年ぶりだろうか。
「お前の夢の手伝いをしたい。俺をここに置いてくれないか?」
一瞬の間。
「え、本当ですか?いてくれるんですか?ここに?いつまで?」
「お前が出て行けと言うまではいるだろうな」
「ずっといてください、ってそう言ったらいてくれるんですか?」
「ああ」
人間の寿命は短い。そして自分は永遠の時間を持つ純血種だ。彼女の言う「ずっと」、なんて可愛いもの。あと残りの数十年を一緒に過ごす事に躊躇いは微塵も無かった。
照れくさそうな顔をしたイーヴァが片手を差し出す。
「えっと、じゃあ、よろしくお願いします」
「ああ、任せろ。まずはマリィの部屋を直すか・・・新しい部屋をつくるのも有りだな。俺にその力があるかどうかは不明だが」
直すべき箇所はいくらでもある。だがその前に、イーヴァのバイトのシフトを減らすのが先決だ。ちょっと歳頃の娘にはあり得ないくらい働き過ぎているので。