2-10
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半月が経った。というか、半月が過ぎ去った。信じられない事に今だギルバードは例の民宿にその身を寄せている状態である。
我ながらちょっとあり得ない事態に戸惑いつつ、真昼の高い太陽を仰ぐ。少しだけ晴れ晴れした気分を害するように、足下で呻き声が聞こえた。さて、肉体労働もそろそろ佳境だ。あとはこれを運んでしまえば終わり。
ポケットに無造作に突っ込まれた指名手配書を取り出す。そうして、足下に倒れている何名かの男と顔が一致する事をもう一度だけ確かめた。ついでに総額幾らになるかを計算する。
――これだけあれば、自分がいつも使っている男湯を完璧に修繕する事も可能なはずだ。
もうあのタイルが剥げたりやや危険な状態に陥っている男湯を使い続けるのは限界だった。たまには湯船にだって浸かりたい。しかし、唯一綺麗に保たれている女湯はマリィのものだ。出て行けと言っても聞かないのだから、やはり男湯の方を修繕する他無いのだろう。
そう、これは恩返し。あとどのくらい民宿に留まるかは分からないが、とにかく泊めて貰った礼はすべきだ。
虫の息の指名手配犯を引き摺って換金所へ。いつ行ったって異様な空気であるその場所は、今日もやっぱり異様な空気だった。あの民宿の近くにこんな場所が無くて良かったと心の底からそう思う。
「お兄さん、久しぶりだねぇ。見た所、人外なんだろ?金なんざ無くたって生きていけそうなんだけどねぇ」
返金所の男が札束を数えながら呟いた。それもそうだ、と苦笑する。どこか適当な森の中で野生動物を狩り、獣のような生活を送る事だって出来るだろう。
「別に、食い扶持を稼いでいるわけじゃない」
「そうかいそうかい。まあ、あっしは賞金稼ぎさん達に報酬を渡すだけだからねぇ。構いやしないけど」
大きめのトランクを渡される。3人分の賞金首。人の命は金と交換される。
反吐が出るようだ、心中で呟きながらも受け取ったその直後にはすでに、どこの大工に風呂場の修理を頼むかしか考えていなかった。他人の命など、所詮はそんなもの。換金所の男がそう嗤ったような気がした。
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トランク一杯の金を持って一度、イーヴァの元へ向かった。土地勘が無い以上、この金は少女に渡して風呂場の修理を間接的に頼む方が確実だろう。サプライズ精神などはない。バレてはいけない事も多くあるわけだし。マリィの件とか。
「イーヴァ!」
「あ、お帰りなさい。どうしたんですか?その荷物・・・」
最近、彼女の表情が読み取れるようになってきた。何か悲しい事でもあったのだろうか、イーヴァの表情は少しばかり物寂しげである。
首を傾げつつ、トランクを少女に差し出す。
「ここに入っている金を使って、男湯を修理しろ。俺もたまには湯船に浸かりたい・・・何だその顔は」
手短に用件を告げる。と、イーヴァはその目を丸くした。トランクを受け取った彼女は重かったのか、それをすぐ床に降ろす。ローラーも付いてないタイプだし、金持って一緒に行った方が良いだろうか。
「・・・何だ、出て行くとか言い出すわけじゃなかったんですね」
「いや・・・そうだな、まだ、出て・・・行かないんじゃないのか・・・?」
――愕然とした。自分よりイーヴァの方がいつか来る別れを意識していたという事実に。もしかして、本当は、心の底ではここから出て行く気など無いのでは?この金を集めたのだって正直言い訳がましい理由を並べ立てていたわけだし。
頭の隅に引っ掛かるような疑問。それを深く思考するより早く、イーヴァにトランクを押し返された。重そうに顔をしかめているのが分かる。
「こんな大金、貰えません。どうやって稼いで来たのかは知らないですけど、悪いです」
「宿泊料だ」
「こんなぼったくりませんよ」
「いいから、これで風呂を直してくれ。どうせお前程苦労して金を稼いだわけじゃない」
「え、効率の良い仕事を知っているんですか?」
お前には無理だ、と一蹴し、半ば無理矢理トランクを押し付ける。最終的に折れたのは体力共々乏しいイーヴァの方だった。
「分かりました。そこまで言うのなら・・・その、有り難く、頂戴します。でも本当に良いんですか?返せませんよ、こんな大金」
「良い。それより、腕の良い業者はどこだ?明日にでも直してもらおう」
分かりました、そう頷いたイーヴァが確かに微笑んでいたのを見てギルバードもうっすらとその唇に笑みを浮かべた。