第2話

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「何故、写真に拘るんだ?」

 写真屋が間違い無く家から出て行ったのを確認したギルバードは心なしかご満悦そうな顔をしているイーヴァに訊ねた。

「うちがそういう民宿だったからです。あ、昔のコレクションありますよ。見ますか?」
「あ、ああ・・・」

 機嫌良さそうなイーヴァの機嫌を損ねない、そういう意味を以て頷けばやはり少女は満足そうな顔をした。マリィに手を振った少女は2階へと上がって行き、あらゆる意味でギルバードにしてみれば立ち入り禁止部屋である彼女自身の部屋へ入って行った。

「何を突っ立っているんですか?入ってください」
「いいのか・・・?」

 問い掛けは耳に届いていなかったらしく、イーヴァは机の引き出しを引っかき回している。
 彼女の部屋は明らかに他の部屋と異なっていた。使う人物を選ばないような、悪く言えば無難な家具が並んでいた部屋とは違いこの部屋は薄い桃色のカーテンや白い勉強机など、住人の趣味を反映した部屋となっている。成る程、ここは確かに民宿の一室ではなくイーヴァその人の部屋なのだ。
 棚の上に写真立てに入った写真を発見した。満面の笑みのマリィと控え目ながらも微笑んでいる事が分かるイーヴァが並んで立っている。場所は間違い無く風呂場だ。

「新しいのは前にマリィちゃんと撮ったそれと、今日とった2枚しか無いんです」

 ようやく客人の前へ舞い戻って来たイーヴァはそう言うと腕の中の物を丁寧に小さなテーブルに置いた。それは古い大きなアルバムである。
 何とはなしに捲ってみると大分色褪せた写真が所狭しと貼り付けられていた。が、その中に写るイーヴァはかなり幼い。彼女によく似た両親と一緒に写っている。よく見掛けるのは家族と思わしき3人のみで、他は次から次へと写る人物が変わって行く。泊まりに来た客と撮った写真である事は明白だった。
 ぱたん、とアルバムを閉じたギルバードは思考する。
 見れば見る程、昔はちゃんとした民宿だった事が伺えるが、今はただの偽善事業を行っているイーヴァには訊きたい事があった。

「――お前は、何故こんなにも利益にならない事をするんだ?マリィも俺も、お前の生活を邪魔こそしているが幾らも金を落とさない居候だぞ」

 彼女は1週間のうち6日間働いている。それぞれ別のバイトではあるが、それでも少女の自由な時間は1週間の内の、たった1日だけだ。少女が一人で暮らすのならば朝から晩までほぼ毎日働く必要は無いだろう。
 一瞬だけ「何を言っているんだコイツは」、と言わんばかりの顔をしたイーヴァはしかし、ギルバードの意地悪な問いに対して明確な答えを寄越した。

「ここは民宿ですから。外から来た人を泊めるのは当然です。この家だって、私一人が使っていては勿体ないでしょ?」

 それに、とイーヴァは言葉を紡ぐ。人外には持ち得ない、輝くものの話を。

「私はこの民宿を復活させるのが夢なんです。いつかきっと、もっと成長して大人になったらここを建て直して、こんなごっこ遊びじゃなくてちゃんと。今は無理かもしれないけれど」
「ごっこ遊び、か」
「はい。こんなに予行練習です。でも、屋根の無い場所で眠るよりきっとギルバードさんもマシだと思いますけど」
「ああ、そうだな」

 宿経営の為の第一歩。両親の見よう見真似のごっこ遊び。
 なら、大人げなく仏頂面なんてしないでせめて笑顔で写ってあげれば良かった。次は――
 いやいや、次なんて無い。長居をするつもりなんてない。

「どうかしました、ギルバードさん?」
「いいや。アホな事を、ほんの少しだけ考えていただけだ」