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泊まり始めて1週間が経った。
傷は完全に癒えたし、疲れなんて宿泊3日目には取れていたが、それでもギルバードはいまだこの元・民宿をチェックアウト出来ずにいた。今日も今日とてロビーでソファに座りだらだらと自堕落な生活を満喫している。
そんな彼の正面にはイーヴァが座り、午後からバイトだと言うので午前の貴重な休憩時間を読書に費やしていた。
――と、これまで1週間過ごしてきて一度も鳴った事の無いインターホンが鼓膜を打つ。
「何だ・・・?」
「あ!」
イーヴァは誰が来たのか分かっていたらしく身軽な動作で立ち上がると読みかけの本をソファに投げ置き、玄関へと駆けて行った。その足取りが軽いように見えるのは見間違いじゃないだろう。
ややあってイーヴァと供に現れたのは何か機材を持った妙齢の男だった。丸い眼鏡とお人好しそうな顔が印象的だ。
「客か?」
「はい、写真屋さんです。ほら起きてくださいギルバードさん。マリィちゃんの所へ行きますよ」
「俺は奴とあまり仲が良く無いのだが」
「でもたまにお喋りしてますよね」
それは偶然イーヴァがいなかったからであり、出来うる限りあの人魚には近付かないようにしているのだが。そうこうしているうちに半ば無理矢理イーヴァに連れられ、用も無いというのに風呂場へ。
女湯へ着くや否やさっさとイーヴァがマリィの元へ行ってしまった為、セッティングを始めた写真屋と取り残されてしまった。
「これは・・・何のつもりなんだ?」
「ああ、イーヴァちゃんはね泊まりに来た人と写真を撮るのが好きなんだよ。お兄さん、最近ここに泊まってるんだろ?」
「成る程。俺も写真に撮る対象だと」
「そうそう」
イーヴァが風呂場から顔を覗かせた。
「準備出来ました。あ、写真屋さん、ギルバードさんに説明してくれました?」
「ああ、バッチリだよ」
そうですか、と呟いたイーヴァから手招きされる。写真に写るのは苦手だ。渋い顔をしてせめてもの抵抗を示してみるも、風呂場から響いたマリィの催促の声に押されて湿った人魚の部屋へ足を踏み入れる。
「・・・お前、人の目に触れるのは御法度じゃなかったのか」
「いいのよ。彼、ここにはたまに来るの。口は堅いみたいだし今まで何のトラブルも起きなかったんだから平気よ」
並んで並んで、と写真屋が指示を出す。真ん中に寄れと言われたので、イーヴァを中心に溜息を吐きながら並ぶ。案外ノリノリのマリィとは裏腹にギルバードは仏頂面のまま写った。ただそこにいるだけ。学校の集合写真と何ら変わらない。
「よーし、じゃあこの写真は後日イーヴァちゃんに渡しておくからね」
そう言って写真屋は足取り軽く帰っていった。家主もそこはかとなく満足げである。