第2話

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「はい、これ。まずはお風呂に入って来てください」

 渡されたのはバスタオルと着替えだった。早く土とか何とかを落とせと言外に言われているのが痛い程分かる。彼女の心境を読み取れたのは初めてかもしれない。

「分かった」
「それと、女湯と男湯で分かれていますけど、絶対に男湯を使用してください」
「あ、ああ。そう念を押されなくてもそうするが」

 再び少女の背を追い掛ける。淀みのない足取りで向かったのは当然風呂場だった。暖簾の色で湯を分けているらしい。女湯の暖簾は洗濯しているのかそこそこ綺麗だが、対照的に男湯の青い暖簾は薄汚れている。手を付けられていないのが分かってしまい、やや不安になってきた。
 不意に女湯の暖簾の奥が視界に入る。何故か電気が付けられたままだ。
 疑問に思いつつ、案内してくれたイーヴァに例を言い、風呂場へ。家の主は足早に去ってしまった。忙しいのだろうか、何かやる事があるように目まぐるしく動いている気がする。
 風呂の水は張られていなかった。どころか、タイルも剥げている箇所があり数年くらいは使われていないのではないかと推測出来る。

 ***

 元々風呂には浸からないタイプだったギルバードは早々に風呂を上がり、渡された衣服を身につける。少しだけ小さいだろうか。どのみち金は稼がなければならないし、元着ていた服を洗濯したら適当に買いに行こう。着られる服が一着だけなんてまずい。
 一先ずイーヴァを捜そうと鋭い聴覚に物を言わせ、彼女の足音を捜す。が、耳に入って来たのは2人分の話し声だった。誰か遊びにでも来ているのかと思ったが時刻は午後10時を回っている。こんな時間に、それもこんな場所に客が来るのは考え辛い。しかも、声の発生場所は隣――即ち、出入りを禁止されている女湯だ。
 通り道ではあるし、気付かれないようにそっと女湯を覗いてみる。不用心な事にドアは開けっ放しだった。悪いとは思いつつ、中へ。

「新しい人が来ました。泊まっていくそうです。男性なので全然掃除してないんですけど、隣の男湯を使わせてしまいました」
「何それ日記の一文みたいに話すの止めてくれる?というか、見知らない男を平気で泊めるなんてさ、あんた正気?」
「あなたがいるのなら大丈夫だと思ったんです」
「ふんっ!まあ、精々――」

 カラン、渇いた音が響いた。途端に止まる2人の会話。
 うっかり足下のカゴを蹴飛ばしてしまったギルバードは舌打ちしたい衝動に駆られつつ、両手を小さく挙げて降参の意を表明した。

「すまん、話し声が聞こえたものだから・・・。あ、風呂は上がったぞ」
「早過ぎるでしょ。烏か」

 イーヴァではない方の声が呆れたように呟いた。取り持つように少女が言葉を紡ぐ。

「・・・折角ですし、マリィちゃんもあの人に会ってみたらどうですか?」
「嫌よ。何だか・・・そう、獣臭いもの!」
「獣・・・?動物はいませんよ、この家」

 そこはかとない人外臭。それと同時に何故あの時、イーヴァがあんなにも自信満々に自分を泊めると言ったのか理解出来た。あの風呂場にいるもう一人の女。あれもまた同じく人外だ。何の種族なのかは見てみないと分からないが、間違い無くこっち側の住人。
 最早『マリィ』とやらの戯れ言を聞く気にもならず、来て良いとは言われていないが風呂場のドアを開け放った。イーヴァの非難がましい視線が突き刺さる。

「ちょっと!何を勝手にあたしの部屋に入って来てるのよ!デリカシーの無いクソ犬ね!」

 そこにいたのはこちらもまた外見そのものはイーヴァと変わらないくらいの少女だった。ただし、生きている年数は数十を超えているに違い無い。
 海の色を写した長髪と双眸。上半身は人間の様にTシャツを着ているが、下半身。両脚があるはずの所に足は無く、代わりに魚類を思わせる鱗がびっしりと並んだ銀色のそれが鎮座していた。

「――人魚。魔族、だったか」

 その呟きにイーヴァだけが首を傾げ、マリィと呼ばれる人魚は燃えるような怒りを瞳に浮かべてこちらを睨み付けていた。