第2話

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「私、イーヴァって言うんです」

 ゆっくり有り付けた昼食を咀嚼していればこちらを見ておらず、真っ直ぐに正面を向いた少女――イーヴァが唐突にそう言った。
 何と返すべきか迷い、結果黙り込んでいるとようやっと再び少女は口を開く。一体何の間で、今のは一体何を待っていたというのか。難解な生き物だ、人間。

「この定食屋でバイトしてます」
「・・・そ、そうか」
「どうして行き倒れていたんですか?」

 それを言葉で説明するのは難しいし、様々な危険を伴う。言うなれば金になると思って戦争に参加したはいいが――いや、そもそもあれは戦争と呼べるようなものだったのだろうか。自分を含む3体の人外で行動を共にしてはいたが、その連れ達もこの戦争が何の目的で起こり、相手は誰なのかさえ分からないまま気付けば終わっていた。どちらが勝ったのかも分からず、争いの全容さえ知らない。
 ――という諸々の事情をぼかしにぼかし、イーヴァ少女に伝えた。

「・・・ハァ?ちょっと何を言っているのか分かりませんね」

 彼女の反応は冷たかった。
 そして、こちらの身の上話にもさして興味が無かったらしい。次の瞬間には話題が変わる。

「そういえばお兄さん、これからどうするんですか?」
「お兄さん・・・?・・・ギルバードだ。ちなみに、この辺りで泊まる所はあるか?ついでに、1泊幾らする?」
「この辺に宿はありません」
「観光客は来ないのか・・・?」
「ここは中継地ですから、船に乗ってきた旅行客はここを経由してすぐ隣の町へ移動してしまいますね」

 という事は賑わっていた客はその来た船とやらに今から乗る人間か、或いは今から隣街へ移動する人間か、か。
 緩やかに動き始めた頭で考える。
 賞金稼ぎをするにしても1日掛かる。隣街までの距離がどのくらいあるのかは知らないが、最低1泊は野宿になるだろう。まあ、今更だ。それについては構わない。どこに移動するかはともかくとして、少しばかり身体を休ませたいのも事実だ。

「ところで、私の家は元民宿なんですけど」
「元・・・?」
「はい。今泊まっている人間はいません。部屋もたくさんあるので、バイトが終わるまで待っているのなら泊めますよ」

 呆れすぎて一瞬思考が止まった。何を言っているのかこの小娘は。彼女の両親が何と言うかは知らないが、不用意に知らない人間を泊めるなどという発想は危険すぎる。

「あー、気持ちは有り難いがお前はもっと危機感を持った方が良い。俺が本当に強盗だったらどうするつもりなんだ」
「うちには何もありませんよ。それに、妙な事を考えているのなら止めた方が身の為だと思いますけど」

 妙な自信。危険な目に遭わないという根拠があるようにも感じられる。と言っても、性質上彼女の心理は読みにくいので言葉のニュアンスからそう聞こえただけなのかもしれないが。
 彼女の危機感は置いておくとして、申し出そのものは本当に有り難くはある。宿代をぼったくられる可能性もあるがその場合、それに従う義理も無いだろう。何日か泊めてもらい、そこそこある傷を癒してこれからの行動を決めたい。

「・・・まあ、良いと言うのなら部屋を借りよう」
「さっきのお説教は何だったんですか。じゃあ、午後9時にここで待ち合わせましょう」

 言うが早いかイーヴァは立ち上がった。食器を奪い取られる。

「鍵を閉めたいので、また後で」

 それだけ言うと彼女はドアを閉め、鍵を掛けた。声を上げる暇も無いくらい躊躇いは無かった。