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「あなた達、庭師と給仕よね?何よぅ、あたしより毎日楽しそうに生きて!」
「理不尽だろそりゃ」
燦々と照り付ける太陽。その下で園芸用の鋏を持った青年と、給仕の格好をした少年が話しているのを部屋の中から聞いていた、いつも。用も無いのに外には出られないし、自分の格好はお世辞にも庭の土を踏む格好には適しているとはいえなかった。
「ちゃんと泥を落としてから屋敷に上がってちょうだいよ」
「ええ、勿論。旦那様にきつく怒られてしまう上、機嫌が悪ければ解雇されてしまいます」
にやにやと笑いながら少年が仰々しくそう言った。解雇と言うのならば屋敷の令嬢を捕まえて駄弁っているのがバレた時点でそうだ。
「お嬢様は今日もお部屋で勉強か?毎日毎日、何をそんなに学ぶ事があるってんだろうな」
「あたしに聞かれたって知らないわよ。そう言うのなら、この問題、あたしの代わりに解いてちょうだい」
「俺達には無理だよ、お嬢様。何書いてあるのかさえ理解出来ないし」
少年と青年が揃って問題を眺めているがまったくの無駄だったらしい。ああ、今日も長々と訳の分からない方程式だの何だのを説明されるのか。生涯でいつこの覚えた数式達を使うのか皆目見当も付かない。
「良いわねぇ、あなた達は。あーあ、こっそり外に出て遊ぼうかしら」
「いいけど、俺はもう仕事に戻るよ?」
少年がそう言って首を傾げた。一人で庭に出るつもりかと問いたいらしい。何よ、ともう一度だけ呟いて部屋の中へ引っ込んだ。
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「あーあ・・・」
ふと我に返ったドルチェは溜息のような呻き声のような声を漏らした。こんな生活を送っていても、時折随分と昔の事を思いだす。
何十年も前の話。サイラスのせいで色々思いだしてしまった、絶対に許さない。
仲間に理不尽な怒りを覚えていると目の前を新入り――イーヴァが横切って行った。その足取りは重く、何か用事があるようには見えない。胡乱げな瞳はいつも通り。
「イーヴァ!」
「・・・はい」
休日の予定が無いのならば買い物にでも誘おう、と思っていたが感傷的な気分に陥っていたせいか、買い物を楽しめる気分では無い気もする。
どっちつかずの気分のまま、イーヴァに訊ねた。
「あなた、休みの予定はある?」
一瞬だけ息が止まったように動きが止まったイーヴァはややあって質問の答えを口にした。
「・・・ありません。そもそも休日とは何をすればいいのですか?」
「何、って・・・あなたがやりたい事をやればいいのよ」
「やりたい事なんてありません」
「それは、困ったわねぇ」
会話が途切れる。何と言えばいいのか迷ったのだ。「何もやりたい事がない」、そんなのつい最近出会った自分がどうこう出来る問題ではないだろう。