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本部から少しばかり南へ行った、人気のない森の奥。裏は崖になっており、海が近いからか磯の匂いがする。そんなあまり交通の便が良く無さそうな場所にお目当ての別荘がある。屋敷、と言った方が正しいのかもしれない。歩きでおよそ40分か。なかなか遠い。
屋敷の裏手へと回り部屋の一つを見上げる。光の反射でよくは見えないが、どうやらカーテンは掛かっていないようだった。
それだけを確認していつもいつも、もう何度も足を掛けた木の一本に今日も足を掛けた。少し木の皮が剥げている。それだけこの木には世話になっているという事だろう。
手頃な枝に音も無く乗り、部屋の中を覗く。
白い机に椅子、白い小さなテーブルと白い本棚。カーペットは薄い桃色をしていた。見慣れたその部屋の主は白いベッドに眠っている。顔の上に雑誌を置いたままだからうっかり眠ってしまったのだろう。
そんな彼女の名前はイリア。典型的な金持ちの箱入り娘である。1年ほど前の夏に崖下の海で鉢合わせたのが始まりだ。なお、この話をドルチェにしたら爆笑された上その後1週間は話のネタにされた。そうして1年経った今も休みの日は通っている。
コンコン、と窓をノックしてみた。が、当然起きない。
仕方無いので鍵も掛かっていない窓を開け、音を立てず侵入した。やましい事は一切無いはずなのに酷く犯罪者の気分になって自然、顔が渋いものへと変わる。頼むから少しだけ警戒して爆睡しないでくれ。
「おーいおい、起きろ。遊びに来たぞ。ああもう、お菓子の袋はちゃんと捨てろ」
「・・・ハッ!?」
雑誌を払い除け、起き上がったイリアはこちらを凝視し、一拍どころか数拍遅れてこう宣った。
「・・・・・・・・こんにちは、サイラス。私、てっきり不審者かと思ってあと少しで大声を上げるところだったわ」
「あー、最近休みが取れなくて。拗ねてるのか?」
「は?」
「え?」
あまりにも来ないし連絡も無いから貴方の顔なんて忘れてしまいそうだった、という皮肉を言われたものだと思ったが違ったらしい。何て恥ずかしい勘違いなんだ、と顔を手で覆っているとイリアは再びとぼけた事を口にした。
「サイラス、あなた昨日も来たでしょう?仕事は大丈夫なの?ニートは良くないわ、ニートは。・・・んん?そもそもあなた、何の仕事をしているのだったかしら?」
「いや、俺昨日は来てないどころかここ2週間くらいご無沙汰してたんだけど」
「そうだったかしら。いけないわね、物忘れがアレしててアレだわ」
「どれ!?」
色素の薄い長髪、細い線。実に嫋やかな女性に見える彼女は頭のネジが緩い。基本的に必要な事以外は次から次に忘却し、そして大事な事も時折頭から抜ける。彼女を差して曰く、「頭がザルだ」とギルバードが言っていた。確か記憶能力を高める為にはどうすればいいのか相談した時に言われたのだと思う。
「聞いてくれる、サイラス。今、私とても不思議な夢を見たの」
「へぇ?どんな?」
ここから彼女の夢とは思えない壮大な絵空事を聞かされる事となるのだが、長いので割愛する。